日本歴史地名大系 「長井庄」の解説
長井庄
ながいのしよう
現妻沼町を中心とする地域に比定され、利根川右岸に位置する。「平家物語」巻七に平家方の老武者長井斎藤別当実盛の言葉として「実盛もと越前国の者で候しか共、近年御領につゐて武蔵の長井に居住せしめ候き」とあり、長井庄は平家の庄園で、斎藤実盛が庄官であった。平家滅亡後は没官地となり、やがて源頼朝の御家人和田義盛の所領になったらしい。「吾妻鏡」建保元年(一二一三)五月七日条には「武蔵国長井庄藤九郎次郎」とあり、和田義盛の乱鎮定後に長井庄は勲功の賞として安達時長(藤九郎次郎)に与えられた。なお「平家物語」巻四によると、治承四年(一一八〇)五月の山城
長井庄
ながいのしよう
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報