長禅寺跡(読み)ちようぜんじあと

日本歴史地名大系 「長禅寺跡」の解説

長禅寺跡
ちようぜんじあと

[現在地名]石巻市湊 牧山

みなと村主の笹町元清が、正保三年(一六四六)祖霊供養のため古刹魔鬼山まきやま寺跡の北東約九〇〇メートルのまき山頂上に伽藍建立、松島瑞巌寺九九世住職雲居希膺を開山として天台宗鷲峯山本明院と号した。笹町氏は開発した新田から、明暦二年(一六五六)藩許を得て寺田五貫文を寄進した(仙台藩家臣録)。式内社零羊崎ひつじさき神社と長禅寺はしだいに習合し、白山神社となり、牧山観音堂とよばれ、庶民の信仰を集めた。牧山観音堂の由緒につき、雲居の撰文になる長禅寺観音堂鐘銘(「仙台金石志」所収)は、坂上田村麻呂創建、中世葛西氏の総鎮守、笹町氏との由縁などを述べている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む