長福寿寺(読み)ちようふくじゆじ

日本歴史地名大系 「長福寿寺」の解説

長福寿寺
ちようふくじゆじ

[現在地名]長南町長南

一宮(いちのみや)川支流の三途(さんず)川流域にあり、三途川を渡ると極楽東(ごくらくひがし)門と本堂が直線に位置している。天台宗で、通称三途台(さんずだい)と称されるが、正式には「三途河頭、極楽東門、蓮華台上阿弥陀坊、大平埜山本実成院長福寿寺」で、長い勅号であるが、天正一八年(一五九〇)六月の豊臣秀吉禁制(寺蔵文書)では三途台長福寺とあり、中世は長福寺と称されていた。本尊は阿弥陀如来。延暦一七年(七九八)桓武天皇の勅願で最澄によって創建され、正平一八年(一三六三)に比叡山延暦寺の恵光坊義憲が再興し、前記の寺号を得たという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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