長野中村(読み)ながのなかむら

日本歴史地名大系 「長野中村」の解説

長野中村
ながのなかむら

[現在地名]愛知川町長野ながの

愛知川村中宿なかじゆく村・沓掛くつかけ村の北西に位置する。古代の長野郷の遺称地と推定される。中世には「当国親市」とよばれた長野郷一日ついたち市があった(年未詳六月七日「小幡商人申状案」今堀日吉神社文書)。この市の跡地は現集落の南方にある小集落付近と推定されるが、江戸時代に入り愛知川宿の隆盛とともにしだいに衰退した。慶長五年(一六〇〇)彦根藩領となり、慶長高辻帳に「長野中村」とみえ、高一千二八八石余。寛永石高帳に長野村とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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