関根矢作(読み)せきね・やさく

朝日日本歴史人物事典 「関根矢作」の解説

関根矢作

没年:明治29.7.30(1896)
生年:享和3.4.17(1803.6.6)
幕末から明治前期の素封家,農事指導者。下野河内郡大室村(栃木県今市市)の名主。明治維新後は戸長,村長。幕末から農業のかたわら鬼怒川上流の日光神領組の売木人として活躍,神領組総代を務める。杉,檜,松などの植林による山林経営,今市から大室に至る用水路開削,荒蕪地の開墾,水田開田,街道の復旧,備荒のための郷蔵の建設,産馬の振興など,二宮尊徳の日光神領仕法以前から独自の地域振興策を進め,のち尊徳にも協力した。<参考文献>杉山益一郎・栃木弥三郎『老農関根矢作』『いまいち市史/通史編』別編Ⅰ

(阿部昭)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「関根矢作」の解説

関根矢作 せきね-やさく

1803-1896 江戸後期-明治時代の農村指導者。
享和3年4月17日生まれ。下野(しもつけ)(栃木県)河内(かわち)郡大室村の名主。父の跡をつぎ今市から大室までの用水路をひらく。天保(てんぽう)の飢饉(ききん)ではこまった人をすくった。嘉永(かえい)6年より二宮尊徳の日光神領の立て直しに協力。維新後は学校を設立し,植林を奨励した。明治29年7月30日死去。94歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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