関津浜(読み)せきのつはま

日本歴史地名大系 「関津浜」の解説

関津浜
せきのつはま

[現在地名]大津市田上関津町

瀬田せた舟運の拠点の一つで、黒津くろづ浜とともに膳所藩公認の積荷浜。中世すでに船が置かれ、政治・軍事上の要地であったが、近世にはとくに林産物を大津町へ移出する湊として同藩の保護を得た。慶長六年船数帳に瀬田「川之内舟」一二艘とあるうち当地は五艘。「淡海録」には一四とある。寛政三年(一七九一)願書(西文書)には古くから御陣役御用として一五艘・水主六〇人が置かれていたと記され、ほぼ一五艘前後で推移したようだが、これらは大石おおいし五ヵ村(富川・淀・東・中・龍門)信楽などから運ばれる木柴などを膳所方面に運送した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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