附野薬師(読み)つくのやくし

日本歴史地名大系 「附野薬師」の解説

附野薬師
つくのやくし

[現在地名]豊北町大字神田 附野

長羽ながは(一一〇・七メートル)に続く西方台地上にあり、前方に日本海が開け、はと島から海士あま瀬戸せとを挟んでつの島がみえる。山門前を肥中ひじゆう浦から島戸しまど浦までの道が通る。回春山東山とうざん寺と称し、浄土宗本尊薬師如来は日本三大薬師の一つと称される。

寺伝によると、弘法大師が入唐後の北国教化の際、当地沖の海士ヶ瀬戸遭難、薬師如来の示顕によって附野に漂着、来見田久太郎という者の家へ立ち寄り一宇建立、自作の薬師像を安置して東福とうふく寺と名付けたという。眼病平癒・海上安全・雨乞・風損除・火難除・災難除の薬師として北九州・山陰・山陽各方面の崇敬をうける。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む