…その子経宗も二条天皇の外舅として権力の座につき,一時後白河上皇の怒りをこうむって阿波に配流されるが,のち召還され,ついで大臣に在ること26年,左大臣を極官とした。さらにその子頼実も,女の麗子が土御門天皇の皇后となり,のち陰明門院と号したが,みずからも太政大臣に補任され,以後代々大臣に補任されるのが例となった。鎌倉時代の日記《吉続記》に,当家は〈代々有職の家〉とあるが,和琴,笛,筆道を家業とした。…
※「陰明門院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
七種とも書く。春の七草と秋の七草とがある。春の七草は「芹(セリ),薺(ナズナ),御形(おぎょう,ごぎょう。ハハコグサ),はこべら(ハコベ),仏座(ほとけのざ。現在のコオニタビラコ),菘(すずな。カブ)...