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難波宮跡 なにわきゅうせき

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

難波宮跡
なにわきゅうせき

大阪市中央区法円坂町を中心に所在する古代宮殿址。 1954年以来の発掘調査によって,ほぼ中軸線を同じくする前後2時期の宮殿址が重複して発見され,主として内裏朝堂院など中心部の状況が明らかにされている。前期難波宮大化改新 (645) の難波遷都に伴って造営された孝徳朝の難波長柄豊碕宮 (なにわのながらのとよさきのみや) で,天武朝の朱鳥1 (686) 年正月に焼失した遺構と推定されている。後期難波宮は聖武朝に造営された奈良時代の難波宮の遺構である。いずれも藤原宮,平城宮に匹敵する宮域を有していたと思われ,難波京復元の試みも行われている。 53年国の史跡に指定。

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国指定史跡ガイドの解説

なにわのみやあと【難波宮跡】


大阪府大阪市中央区法円寺・大手前にある宮殿跡。指定名称は「難波宮跡 附法円坂遺跡(つけたりほうえんざかいせき)」。1954年(昭和29)からの発掘調査 によって、奈良時代よりも一時代古いとみられる柱列跡が検出し、火災の跡が認められたことから、686年(朱鳥1)に全焼した孝徳朝の宮、前期難波宮跡と推定された。1961年(昭和36)には聖武天皇時代の後期難波宮の大極殿跡が発見されたことで、ほぼ中軸線を同じくし、前期と後期に大別される難波宮の遺構が重複して存在することが判明した。そのほか、6~7世紀前半の掘立柱建物群跡、5世紀代の大型建物群跡も発見。古代史上の重要な宮殿遺跡であることから、1964年(昭和39)に国の史跡に指定され、その後、数度の追加指定を受けた。難波宮の遺跡は周辺にも及んでおり、法円坂遺跡は5世紀後半に作られた倉庫の跡で、2列16棟からなる大型倉庫群。倉庫は平均90m2の面積をもつ高床式の建物で、これらは西国の屯倉(みやけ)から貢納される品物を収納した倉庫だったと推定されている。地下鉄谷町線谷町四丁目駅から徒歩すぐ。

出典 講談社国指定史跡ガイドについて 情報

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