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雲伝神道 ウンデンシントウ

デジタル大辞泉の解説

うんでん‐しんとう〔‐シンタウ〕【雲伝神道】

江戸中期に河内国葛城山(かつらぎさん)高貴寺慈雲尊者飲光(おんこう)が興した神道。密教を基礎に、儒教の倫理を取り入れたもの。「雲伝」は慈雲所伝の意。葛城神道。

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大辞林 第三版の解説

うんでんしんとう【雲伝神道】

〔「雲伝」は慈雲所伝の意〕
江戸中期、河内国高貴寺の僧、慈雲尊者飲光おんこうが唱えた神道。密教を背景とし神道の神髄は君臣の大義にあるとした。葛城かつらぎ神道。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

雲伝神道
うんでんしんとう

葛城神道」のページをご覧ください。

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世界大百科事典内の雲伝神道の言及

【慈雲】より

…授戒説法の余暇は著述につとめ,著書は上記のほか《方服図儀広本》10巻,《方服図儀略本》2巻,《七九鈔》5巻,《南海寄帰内法伝解纜鈔》8巻などがある。また神道に関する所説があり,彼が唱えた神道は〈雲伝神道〉といわれている。慈雲所伝の神道という意味で,居所にちなんで〈葛城神道〉ともよばれる。…

【神道】より

…近世に入って全国の神職のほとんどが吉田神道の支配下に置かれたが,吉川惟足は儒学を摂取した神道説を唱え,吉川神道(よしかわしんとう)を学んだ山崎闇斎は,儒学の立場をさらに深めた垂加神道(すいかしんとう)を主張した。また真言僧慈雲は,記紀などの神典を密教で解釈する雲伝神道を立てたが,その主張は仏教や儒教などの思想を習合した神道を,すべて俗神道としてしりぞけ古典の精神に帰ろうとする国学の立場(復古神道)に近いものであった。本地垂迹
[近代の神道]
 明治政府は,強力な統一国家を建設していくために,宗教的な支えが必要であると考えたが,旧時代の象徴のように思われた仏教に依拠するわけにはいかず,神道が注目されることになった。…

【神道伝授】より

…初重の伝授者は,冠と烏帽子の懸緒を1組,2重は4組,3重は8組つけることができ,懸緒のない者は神に向かうことができなかった。江戸時代になってからも盛んに行われ,真言僧慈雲が唱えた雲伝神道でも切紙による伝授が行われた。【岡田 荘司】。…

※「雲伝神道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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