高貴寺(読み)こうきじ

日本大百科全書(ニッポニカ)「高貴寺」の解説

高貴寺
こうきじ

大阪府南河内(かわち)郡河南町平石にある高野山(こうやさん)真言宗山号神下山(こうげさん)また葛城山(かつらぎさん)とも称する。文武(もんむ)天皇(在位697~707)のとき、役行者(えんのぎょうじゃ)が『法華経(ほけきょう)』28品(ほん)に配して葛城山に28か所の霊場を開いた。この寺もその一つで、供華(くげ)が多かったので香華(こうげ)寺と称した。のち弘法(こうぼう)大師(空海)がこの寺で高貴徳王菩薩(ぼさつ)を感得し、寺号を高貴寺とした。平安時代に嵯峨(さが)天皇の勅(みことのり)を奉じて堂塔伽藍(がらん)を創建したが、中世の兵火にあい焼失した。安永(あんえい)年間(1772~81)慈雲(じうん)尊者(飲光(おんこう))が来住し正法律(しょうぼうりつ)を復古、さらに神仏を習合し調和させた両部神道(しんとう)の奥秘(おうひ)を述べて葛城神道伝(うんでん)神道)を唱えた。慈雲を中興第1世とする。金堂、講堂、開山堂などが建ち、寺宝に慈雲の膨大な著作真跡がある。

[野村全宏]

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精選版 日本国語大辞典「高貴寺」の解説

こうき‐じ カウキ‥【高貴寺】

大阪府南河内郡河南町にある高野山真言宗の寺。山号は神下(こうげ)山または葛城山。文武天皇の時代、役小角(えんのおづの)の創建と伝えられる。はじめ香華(花)寺と名づけられたが、弘仁年間(八一〇‐八二四)空海が現名に改称。元弘元年(一三三一)焼失し、安永年間(一七七二‐八一)慈雲尊者飲光(おんこう)が正法律の本山として再興した。河内香花寺。

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