改訂新版 世界大百科事典 「電産炭労スト」の意味・わかりやすい解説
電産・炭労スト (でんさんたんろうスト)
1952年に行われた,単独講和後の最初の大争議で,労使双方が独立後の労使関係における主導権の掌握をめざして激突した。前年に〈左転換〉をはたした総評は,この年,いわゆる総評賃金綱領にもとづく大幅賃上げと最低賃金制の確立,さらに吉田茂内閣打倒を期して,統一闘争を構え,電産,炭労をその中軸にすえた。他方,政府,財界は,独立後の産業合理化と労使関係の整備のために,エネルギー産業に属し,総評の中核でもある電産(日本電気産業労働組合)と炭労(日本炭鉱労働組合)に攻撃を集中したので,争議はこの二つの組合を中心に展開された。争議は電産86日間,炭労63日間の長期に及んだが,組合分裂の発生(電産),労働関係調整法にもとづく緊急調整の公布(炭労),さらに総評の統一闘争の挫折と世論からの孤立などのために,組合側の惨敗に終わった。この争議は,電産の崩壊,スト規制法の制定(1953),全繊同盟(現,ゼンセン同盟),海員,日放労,全映演の4単産の総評脱退と,以後の労働運動における左右対立の激化などを招く契機となった。
執筆者:河西 宏祐
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報