青木永章(読み)あおき ながあき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「青木永章」の解説

青木永章 あおき-ながあき

1787-1845 江戸時代後期の国学者,神職
天明7年生まれ。長崎諏訪(すわ)神社大宮司(ぐうじ)をつぐ。和歌をよくし,とくに長歌にたくみだった。中島広足(ひろたり),近藤光輔(みつすけ)とともに崎陽(きよう)(長崎)国学の三雄といわれた。弘化2年7月10日死去。59歳。京都出身。号は秋の屋,玉園。名は「ながふみ」ともよむ。家集に「玉園集」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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