順助法親王(読み)じゅんじょほうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「順助法親王」の解説

順助法親王 じゅんじょほうしんのう

1277-1320 鎌倉時代,亀山天皇の皇子。
建治(けんじ)3年生まれ。母は帥典侍(そちのてんじ)。慈道法親王,行円(ぎょうえん)法親王の同母兄。正応(しょうおう)4年出家し,聖護院(しょうごいん)門跡(もんぜき)をつぐ。永仁(えいにん)6年(1298)覚助法親王から灌頂(かんじょう)をうけ,翌年園城寺(おんじょうじ)長吏となった。元応2年10月14日死去。44歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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