須加町(読み)すかまち

日本歴史地名大系 「須加町」の解説

須加町
すかまち

[現在地名]姫路市飾磨区須加しかまくすか

野田のだ川河口部の右岸飾万しかま津の浦手うらて六町の最南端に位置する。元文五年(一七四〇)の姫路町飾万津町地子銀控に「須賀町」とみえ、地子銀高四二九匁余。姫路藩船役所の川口番所や高札場があり(弘化四年「飾万津中明細覚書」藤田家文書)、弘化三年(一八四六)に港湾施設として湛保たんぽと称する船溜が築造され、以後ここが飾万津に出入りする船舶の発着中心地になった。「飾磨郡勢一斑」によると、湛保は当町の町年寄で肥料問屋の藤田祐右衛門の進言により姫路藩が工費六〇〇貫を費やして竣工、範を讃岐国丸亀まるがめ(現香川県丸亀市)にとり、湊は堤の高さが二丈、東西六六間・南北八三間、水深は満潮時で二間、干潮時で一間、周囲に松の木を植え、船宿を移して風を防いだという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む