須坂陣屋町(読み)すざかじんやまち

日本歴史地名大系 「須坂陣屋町」の解説

須坂陣屋町
すざかじんやまち

[現在地名]須坂上町中町・下町(春木町)立町横町・新町・常盤町・太子町

須坂初代藩主堀直重は、越後福島城主堀(松平)忠俊の家臣堀直政の第四子で、徳川秀忠に仕えた。慶長一五年(一六一〇)高井郡内須坂ほか九ヵ村を支配。元和二年(一六一六)更に郡内四ヵ村を加えた。直重は翌三年没し、その後直舛が伝領し、須坂へ移った。安政(一八五四―六〇)の頃の「三峰紀聞」は、童蒙之歌「須坂の町は誰か建てた、高井野の太夫様たアてた殿町を」を引き、高井野の太夫を福島正則とするは当たらずとしている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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