須田利信(読み)スダ トシノブ

20世紀日本人名事典 「須田利信」の解説

須田 利信
スダ トシノブ

明治・大正期の造船技術者,実業家 日本郵船副社長。



生年
安政3年3月6日(1856年)

没年
大正14(1925)年5月25日

出身地
日向国(宮崎県)

学歴〔年〕
工部大学校機械工学科〔明治14年〕卒

学位〔年〕
工学博士〔明治32年〕

経歴
明治6年勧学義塾に学び、7年工学寮付属学校に入り、8年工学寮に進み、14年工部大学校を卒業して工部省技手となる。のち神戸川崎工場分局に転じ技師となり、16年農商務省管船局を経て、日本郵船に入る。20年船舶発注のため英国に渡り、造船所監督に当たる傍ら造船学研究し、25年帰国。郵船横浜出張所勤務ののち、31年本社に転じ、大正4年副社長に就任。9年辞して横浜ドック理事、帝国飛行協会理事などを務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「須田利信」の解説

須田利信 すだ-としのぶ

1856-1925 明治-大正時代の造船技術者,経営者
安政3年3月6日生まれ。工部省,農商務省をへて日本郵船にはいる。明治20年船舶発注のためイギリスにわたり,造船所で監督にあたるかたわら造船学を研究。大正4年日本郵船副社長。横浜ドック理事などをつとめた。大正14年5月25日死去。70歳。日向(ひゅうが)(宮崎県)出身。工部大学校卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

カイロス

宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、和歌山県串本町の民間発射場「スペースポート紀伊」から打ち上げる。同社は契約から打ち上げまでの期間で世界最短を目指すとし、将来的には...

カイロスの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android