飛鳥板蓋宮跡(読み)あすかのいたぶきのみやあと

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「飛鳥板蓋宮跡」の意味・わかりやすい解説

飛鳥板蓋宮跡
あすかのいたぶきのみやあと

皇極2 (643) 年から営まれた皇居跡。大化改新端緒となった蘇我入鹿殺害は,この大極殿で行われたという。その後,斉明天皇 (皇極の重祚) はこの宮で即位した (655) が,同年冬焼亡した。その跡地はまだはっきりしないが,川原寺東方の地 (奈良県高市郡明日香村) が有力である。この地では 1959年以降,継続して発掘調査が行われており,1本柱列で区画された南北約 240m,東西約 135mの地に,大規模な井戸跡をはじめ建物遺構,敷石遺構などが検出されており,木簡須恵器土師器 (はじき) などが出土している。

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