当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し,相手方がこれを承諾することによって効力を生ずる契約をいう(民法643条)。法律行為でない事務の委託を準委任といい,これに委任の規定を準用するので(656条),委託の内容が法律行為か単なる事務の委託かを区別する実益はあまりない。雇傭,請負とともに労務供給契約の一種であるが,委任は,当事者間の信頼関係を基礎にして成立する契約であり,しかも受任者の自由裁量によって委任事務が処理される点で,雇傭や請負契約と異なる。医師の診療行為,弁護士業務,司法書士業務,宅地建物取引業務などは,委任に基づいて行われることが多い。
(1)受任者の義務 委任の効果として,受任者は以下のような義務を負う。第1に,受任者は,委任の本旨に従い,善良な管理者の注意(善管注意)をもって委任事務を処理する義務を負う(644条)。後述するように,民法上,委任は原則として無報酬とされるが,委任者の信頼のもとに委任事務を処理する受任者には重い注意義務が要求され,この義務に違反すると過失があり,債務不履行の責任(415条)が生ずる。この点で,無報酬で寄託を受けた者が,受寄物の保管につき自己の財産におけると同一の注意をする責めを負うにとどまるのと区別される。第2に,委任者は報告義務を負う。すなわち,受任者は,委任者の請求があるときはいつでも委任事務処理の状況を報告し,また委任終了の後は遅滞なくそのてんまつを報告することを要する(645条)。第3に,受任者は受取物引渡等の義務を負う。すなわち,受任者は,委任事務を処理するにあたって受け取った金銭その他の物を委任者に引き渡すことを要する。収取した果実についてもまた同様とする(646条1項)。受任者が委任者のために自己の名をもって取得した権利は,委任者に移転することを要する(同条2項)。第4に,受任者は金銭消費についての責任を負う。すなわち,受任者が委任者に引き渡すべき金額またはその利益のために用いるべき金額を自己のために消費したときは,その消費した日以後の利息を払うことを要する。なお,損害があったときは,その賠償の責めに任ずる(647条)。
(2)受任者の権利 つぎに,受任者は以下のような権利を有する。第1に,特約があれば,受任者は報酬請求権を有する。民法上の委任は原則として無報酬とされ,受任者は特約がなければ委任者に対して報酬を請求することができないとされる(648条1項)。これに対し商人は,その営業の範囲内において他人のためにある行為をしたときは,相当の報酬を請求することができるとされる(商法512条)。たとえば,宅地建物取引業者は商人であるから,委任事務の処理につき当然に報酬請求権を有する。医師,弁護士,司法書士などの場合は,特約がなくても相当の報酬の支払をする慣習があるので(民法92条),報酬請求権が認められる。受任者が報酬を受けるべき場合においては,委任の履行の後でなければこれを請求することができない。ただし,期間をもって報酬を定めたときは,その期間の経過した後にこれを請求することができる(648条2項)。委任が受任者の責めに帰することのできない事由により,その履行の半途において終了したときは,受任者は,そのすでにした履行の割合に応じて報酬を請求することができる(同条3項)。第2に,受任者は費用につき請求権を有する。まず受任者には費用前払請求権が認められる。すなわち,委任事務を処理するにつき費用を要するときには,委任者は受任者の請求によりその前払をすることを要する(649条)。つぎに,受任者は費用償還請求権を有する。すなわち,受任者が委任事務を処理するのに必要と認めるべき費用を出したときは,委任者に対してその費用および支出の日以後におけるその利息の償還を請求することができる(650条1項)。さらに,受任者には代弁済請求権が認められる。すなわち,受任者が委任事務を処理するのに必要と認めるべき債務を負担したときは,自己に代わって委任者にその弁済をさせ,またその債務が弁済期にないときは,相当の担保を供させることができる(同条2項)。委任事務処理の費用は委任者が負担すべきだという原則のもとに,このような委任者の弁済義務が認められる。
(3)委任の終了 委任の終了に関しては,契約一般の債務が履行による解除の規定(540条以下)を適用されるほか,委任特有の問題がある。まず委任の解除については,委任は各当事者がいつでもこれを解除することができるとされる(651条1項)。信頼関係を基礎に受任者の自由裁量のもとに行われる委任の特殊性に由来する解除である。当事者の一方が相手方のために不利な時期において委任を解除したときは,その損害を賠償することを要する。ただし,やむをえない事由があったときはこの限りでない(同条2項)。委任は継続的契約関係であるところから,その解除は将来に向かってのみその効力を生ずる(652条)。つぎに,委任が当事者の信頼関係を基礎にするところから,委任は委任者または受任者の死亡または破産によって終了し,受任者が禁治産の宣告を受けたときもまた同じとされる(653条)。そのほか,委任終了後の善処義務として,委任終了の場合において急迫の事情があるときは,受任者,その相続人または法定代理人は,委任者,その相続人または法定代理人が委任事務を処理することができるに至るまで必要な処分をすることを要するとされる(654条)。また,委任終了の対抗要件として,委任終了の事由は,その委任者に出たと受任者に出たとを問わず,これを相手方に通知し,または相手方がこれを知ったときでないと,これをその相手方に対抗することができないとされる(655条)。
執筆者:川井 健
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自分にかわって訴訟をしてほしいなど、ある人(委任者)が他の人(受任者)に一定の事務を処理してくれるよう委託し、相手方がこれを承諾することによって成立する契約をいう(民法643条~656条)。民法では、事務が法律行為である場合を委任とよび(同法643条)、法律行為でない事務の委託(たとえば会計帳簿の検査)を準委任とよんでいるが(同法656条)、法律上の取扱いは委任の規定が準用されるので、区別の実益はない。労務を提供する契約としてほかに雇用や請負があるが、受任者が単に労務を提供するだけでなく、定められた範囲内では、自らの裁量で比較的自由に事務を処理する点で雇用と区別され、仕事の完成という結果ではなく、事務処理そのものが目的となっている点で請負と異なる。一般に委任のほうが高度な精神的労働である場合が多い。不動産仲介業者に不動産の売却を委託する場合、弁護士に訴訟を依頼する場合、医師に診療をゆだねる場合などがこれにあたる。また、会社と取締役、公益法人と理事の関係も委任とされている。
委任は原則として無償とされている(民法648条1項)が、特約があれば有償とすることもできるし、また、慣習や黙示の意思表示で有償と解すべき場合が多い(弁護士に事件を委任したり、医師に治療をゆだねたりする場合など)。受任者は「善良な管理者の注意」(普通の人がもっている程度の注意)をもって事務処理にあたる義務を負う(同法644条)。この注意義務に背いて委任者に損害を与えたときは、損害賠償の責任を負う。医療過誤の訴訟などその例が多い。また、信任関係を基礎としているので、受任者は原則として自ら事務を処理すべきであり、だれかにかわってさせることはできない。委任はいつでも解除できるが、相手に不利な時期に解除したときは、やむをえない事情があった場合でない限り、損害を賠償しなければならない(同法651条)。受任者には代理権が与えられる場合が多い。その場合には、受任者に委任状が交付されるのが普通である。また、委任者または受任者の死亡、破産、受任者についての後見開始により委任は終了する(同法653条)。
なお、行政庁がその権限に属する事務の一部を他の行政庁に委任することを権限の委任といい、委任された事務は法律上、受任庁が自己の権限として行使する。したがって、法令上の権限の分配に変更を生じるため、権限の委任には法令上の根拠が必要である。
[高橋康之・野澤正充]
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…第1次大戦に敗れたドイツおよびトルコの統治を離れた地域を統治するために,国際連盟規約22条に基づいて設けられた制度。南アフリカのスマッツ将軍は,ロシア,トルコなどに属した地域は国際連盟自身または連盟が委任する国家によって統治されるべきであると主張した。アメリカのウィルソン大統領は,適用範囲について,ロシアを除き,ドイツの植民地を加えて,スマッツに同調した。日本,イギリス,フランスなどは,アメリカ参戦前にドイツ植民地を占領したうえ,領土権の分配をも互いに約束していたが,同盟国のこのような動きを阻止したいウィルソンにとって,委任統治は好都合な方法であった。…
※「委任」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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