日本歴史地名大系 「高坂郷」の解説
高坂郷
たかさかごう
現東松山市高坂を遺称地として一帯に比定される。当地を名字とする武士に高坂氏がいた。元弘元年(一三三一)の
康暦元年(一三七九)閏四月二八日の上杉朝房書状(鹿王院文書、以下断りのない限り同文書)に「むさしの国たかさかの郷」とみえ、朝房は
高坂郷
たかさかごう
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現東松山市高坂を遺称地として一帯に比定される。当地を名字とする武士に高坂氏がいた。元弘元年(一三三一)の
康暦元年(一三七九)閏四月二八日の上杉朝房書状(鹿王院文書、以下断りのない限り同文書)に「むさしの国たかさかの郷」とみえ、朝房は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...