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魚住折蘆 うおずみせつろ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

魚住折蘆
うおずみせつろ

[生]1883.1.27. 兵庫,母里
[没]1910.12.9. 東京
評論家。第一高等学校を経て 1909年東京大学哲学科卒業。夏目漱石門下で,自然主義批判の鋭い論陣を張ったが,惜しくも夭折した。没後『折蘆遺稿』 (1914) が出版された。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

魚住折蘆 うおずみ-せつろ

1883-1910 明治時代の評論家。
明治16年1月27日生まれ。「東京朝日新聞」に自然主義の欠陥を指摘する文芸評論をかく。明治43年発表の「自己主張の思想としての自然主義」は,石川啄木(たくぼく)に「時代閉塞の現状」をかかせるきっかけとなった。「折蘆遺稿」がある。明治43年12月9日死去。28歳。兵庫県出身。東京帝大卒。本名は影雄。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

魚住折蘆
うおずみせつろ
(1883―1910)

評論家。兵庫県生まれ。本名影雄。姫路中学、京北中学を経て1903年(明治36)旧制一高に入学。友人藤村操(みさお)の死に受けた衝撃から、個我の尊厳を守る自殺を肯定した『自殺論』(1904)などラディカルな倫理性を示す論を『校友会雑誌』に発表。東京帝国大学哲学科を09年卒業し、『東京朝日新聞』に文明批評的なスケールを示す論を発表。『自己主張の思想としての自然主義』(1910)は国家という情況のもとに自然主義をとらえて注目される。[助川徳是]
『安倍能成編『折蘆遺稿』(1914・岩波書店) ▽魚住隆編『折蘆書簡集』(1977・岩波書店) ▽助川徳是著『啄木と折蘆』(1983・洋々社)』

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