鳥取藩台場跡(読み)とっとりはんだいばあと

国指定史跡ガイドの解説

とっとりはんだいばあと【鳥取藩台場跡】


鳥取県内各地にある台場跡。指定名称は「鳥取藩台場跡 由良台場跡(ゆらだいばあと) 境台場跡(さかいだいばあと) 淀江台場跡(よどえだいばあと) 橋津台場跡(はしづだいばあと) 浦富台場跡(うらとみだいばあと)」。江戸末期、海防の必要性が高まるなか、鳥取藩によって築造された海岸砲台場8ヵ所のうち、5ヵ所が現存している。由良台場跡、境台場跡、淀江台場跡、橋津台場跡は1988年(昭和63)に国の史跡に指定、1998年(平成10)に浦富台場跡が追加指定されている。農民らが積極的に協力して築造し、西洋式の城塞プランが採用されるなど、藩築造の台場として特徴があり、幕末史を理解するうえで重要な遺構である。由良台場跡は、鳥取県東伯郡北栄町由良にあり、鳥取藩で最初に着工されたフランス式海岸砲台場である。1864年(文久4)に完成。東西約125m、南北約83mの台形で、土塁の高さ約5mの遺構がほぼ完全に残っている。鳥取藩史によると、六尾(むつお)反射炉で製造した60斤(インチ)砲、24斤砲、15斤砲、5寸径砲各1門が配備されたという。由良台場跡へは、JR山陰本線由良駅から徒歩約20分。境台場跡は、鳥取県境港市花町にあり、1864年(文久4)に完成。高さ約6m、幅約25mの3段式台形土塁になっている。六尾反射炉で製造した18斤砲2門、6斤砲1門、5寸径砲5門の計8門が配備された。現在は灯台のある境台場公園になっている。境台場跡へは、JR境線境港駅から徒歩約30分。淀江台場跡は、米子市淀江町にあり、淀江湊に面し、1863年(文久3)に完成。現在、高さ約4m、幅約24m、長さ約67mの土塁が残っている。六尾反射炉で製造した18斤砲、6斤砲、5寸径砲各1門が配備された。淀江台場跡へは、JR山陰本線淀江駅から徒歩約15分。橋津台場跡は、鳥取県東伯郡湯梨浜町はわい長瀬にある。左右対称のプランであったが、現在は両翼の土塁の一部と後方土塁、目隠し土塁が残っている。六尾反射炉で製造した18斤砲、6斤砲、3斤砲、5寸径砲各1門の大砲が配備された。橋津台場跡へは、JR山陰本線倉吉駅から日ノ丸バス「ハワイ海水浴場前」下車、徒歩約5分。羽合海水浴場下車、徒歩5分。浦富台場跡は、鳥取県岩美郡岩美町浦富にある、因幡(いなば)地方に残る唯一の台場。東西約100mで、土塁の幅約10m、高さ約3m、西洋式の城塞プランが取り入れられた。12斤砲、6斤砲、5寸径砲など4門の大砲が備えられていた。現在、浦富お台場公園として整備されている。浦富台場跡へは、JR山陰本線岩美駅から日交バス「浦富海岸口」下車、徒歩約15分。

出典 講談社国指定史跡ガイドについて 情報

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