日本歴史地名大系 「鶴城館跡」の解説 鶴城館跡つるぎたてあと 岩手県:水沢市黒石村鶴城館跡[現在地名]水沢市黒石町字鶴城の裏山一帯を占め、近世までの鶴城河岸を押える位置にある。中世に当地を治めていた黒石氏の館で、対岸の胆沢(いさわ)地方と北上川を警備する要塞の役割をも果していたと考えられる。黒石氏は千葉頼胤の次男百岡二郎胤広の後裔といわれるが(岩手県史)、確かなことは不明。貞和四年(一三四八)無底良韶が黒石越後守正端の帰依を得て正法(しようぼう)寺を建立しているので、この頃にはすでに当地に勢力を張っていたことは確かであろう。「正法年譜住山記」によると正端とその子三郎兵衛重貞は、延文四年(一三五九)から貞治三年(一三六四)にかけて「殖田ノ郷内千五百苅」「ヲキノ在家千苅」などを正法寺に寄進している。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by