鷺島庄(読み)さぎしまのしよう

日本歴史地名大系 「鷺島庄」の解説

鷺島庄
さぎしまのしよう

鷺洲さぎすを中心に大淀区の大淀中おおよどなか付近までを含む地域にあった庄園。「島」と「洲」はともに河の中に砂が堆積してできた島を意味するところから、鷺島は鷺洲とも書くが、中世史料には鷺島庄とみえる。西成にしなり浦江うらえ(現大淀区)勝楽しようらく寺所蔵の大般若経裏書(「摂津志」所引)に「承久三年三月廿七日安置摂津国天王寺御領西成郡鷺島荘浦江村勝楽寺」とあり、少なくとも承久三年(一二二一)頃までには四天王寺(現天王寺区)領となっていた。下って「満済准后日記」永享四年(一四三二)一月二二日条によると、太子講の費用を当庄が負担しており、同五年一〇月二九日条には、「申遣天王寺処鷺島庄内野田役」とあって、天王寺領鷺島庄の庄域が浦江村から野田のだ村に及ぶ地域に位置していたことがわかる。「華頂要略」元亀二年(一五七一)条に、細川氏が四天王寺の寺務を妨げるのを禁じた同年一二月一九日付の綸旨をかかげた続きに「或書云、天王寺別当領鷺島庄年貢分」として早分(早田分)六〇余石・晩分(晩田分)一〇一石余と記載しているので、争乱による侵略を受けながらも、当庄に対する四天王寺の支配は戦国末まで維持されたものと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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