コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

黒田斉清 くろだ なりきよ

2件 の用語解説(黒田斉清の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

黒田斉清 くろだ-なりきよ

1795-1851 江戸時代後期の大名。
寛政7年2月6日生まれ。黒田斉隆の子。生後8ヵ月で筑前(ちくぜん)福岡藩主黒田家10代となる。博物,とくに鳥類にくわしく,文政11年(1828)長崎のシーボルトと地理や動植物などについて問答,安部竜平が「下問雑載」にまとめた。嘉永(かえい)4年1月26日死去。57歳。初名は長順。号は楽善堂。著作に「駿遠信濃卉葉鑑(すんえんしなのきようかがみ)」「鵞経」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

黒田斉清

没年:嘉永4.1.26(1851.2.26)
生年:寛政7.2.6(1795.3.26)
江戸後期の福岡藩主。蘭癖大名。本名長順,楽善堂と号す。福岡城内に生まれ,父斉隆の死により生年に襲封,のち斉清と改名,致仕(1834)まで藩主として治績をあげた。長崎警衛の責任上ロシア,イギリスへの関心が深く,その海防論『海寇窃策』は幕末になって『海防彙議』に収録された。一面鳥類,草木に詳しく,当時の「物産家相撲番付」では西の大関の地位を占める。『鵝経』『鴨経』『本草啓蒙補遺』などの著者らしく,シーボルトとの問答録『下問雑載』でも,世界各地の動植物について知識を披瀝している。特に興味をよせたのは日本人の起源と世界の人種で,シーボルトとの会見(1828)は「凡ナラザル」彼の「骨相イカン」を見るためでもあったという。世子の長溥も蘭学を好んだ。<参考文献>福井久蔵『諸大名の学術と文芸の研究』

(鳥井裕美子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

黒田斉清の関連キーワード仙厓黒田藩黒田綱政黒田長清黒田長韶黒田長舒如水

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone

黒田斉清の関連情報