黒田長清(読み)くろだ ながきよ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「黒田長清」の解説

黒田長清 くろだ-ながきよ

1667-1720 江戸時代前期-中期大名
寛文7年6月26日生まれ。黒田光之(みつゆき)の子。筑前(ちくぜん)福岡藩領から5万石を分与され,元禄(げんろく)元年直方(のおがた)藩主となる。正徳(しょうとく)4年長男の菊千代(継高(つぐたか))が福岡藩主黒田宣政(のぶまさ)の養子となり,長清は福岡藩の後見役をつとめた。享保(きょうほう)5年2月23日死去。54歳。死後,直方藩廃藩となり,所領は福岡藩にもどされた。幼名は平八。

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367日誕生日大事典 「黒田長清」の解説

黒田長清 (くろだながきよ)

生年月日:1667年6月26日
江戸時代中期の大名
1720年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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