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黒田長知 くろだ ながとも

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美術人名辞典の解説

黒田長知

華族・福岡藩主。初名慶賛、号は如淵。藤堂高猷の三男、長薄の嗣子。井上文雄本居豊穎門人。儒学を佐藤一斎、書を市川米庵に学ぶ。著書に『淵の玉藻』がある。明治35年(1902)歿、65才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

黒田長知 くろだ-ながとも

1839*-1902 明治時代の大名。
天保(てんぽう)9年12月19日生まれ。伊勢(いせ)津藩主藤堂高猷(たかゆき)の次男。黒田長溥(ながひろ)の養子となり,明治2年筑前(ちくぜん)福岡藩主黒田家12代。この間の文久3年(1863)の八月十八日の政変後,養父にかわって長門(ながと)萩(はぎ)藩の赦免を朝廷と幕府にはたらきかける。明治4年の太政官札贋造(がんぞう)事件で,藩知事を罷免(ひめん)された。明治35年1月9日死去。65歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

黒田長知

没年:明治35.1.7(1902)
生年:天保9.12.19(1839.2.2)
幕末の筑前国福岡藩主。初め慶賛。通称健若,下野守。伊勢国津藩主藤堂高猷の次男として江戸に生まれ,嘉永1(1848)年福岡藩主黒田長溥の養子となる。文久3(1863)年の8月18日の政変後,病の長溥に代わり上京,長州(萩)藩の赦免と公武合体を朝幕に訴えた。慶応2(1866)年の長州再征後,上京し二条城で国事意見を開陳するなど活躍,明治2(1869)年,家督を相続した。同年の版籍奉還後,藩知事となるが,同4年,戊辰戦争出兵による財政難から,藩当局が太政官札,二分金などを贋造して北海道で物資買い付けを行っていたことが発覚。知事罷免,閉門となった。4カ月後欧州へ留学した。

(岩下哲典)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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