黒羽河岸(読み)くろばねかし

日本歴史地名大系 「黒羽河岸」の解説

黒羽河岸
くろばねかし

[現在地名]黒羽町黒羽向町

黒羽向(くろばねむこう)町の南にある。那珂川筋最上流の河岸。天保二年(一八三一)の黒羽河岸起源等につき書上(阿久津正二文書)によれば、河岸の設置は明暦元年(一六五五)、問屋の運送の始めは万治年中(一六五八―六一)と伝える。しかし「下野一国」には黒羽村の河岸がみえ、すでに慶安四年(一六五一)には河岸が設けられていた。下流の小船渡(こふなど)河岸(現湯津上村)までは二里一町。黒羽藩では鬼怒川筋の柳林(やなぎばやし)(現真岡市)と久保田(くぼた)(現茨城県結城市)に御用蔵を置いていたが、黒羽河岸から那珂川を下したことが多い。天保期には河岸問屋阿久津源兵衛は黒川(くろかわ)(現那須町)に荷置小屋、越堀(こえぼり)(現黒磯市)と稲沢(いなざわ)(現那須町)に出河岸を設けて黒川舟運業を営んだ(天保九年「通船願書」阿久津正二文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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