高森 文夫(読み)タカモリ フミオ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「高森 文夫」の解説

高森 文夫
タカモリ フミオ


肩書
元・東郷町(宮崎県)町長

生年月日
明治43年1月20日

出生地
宮崎県東臼杵郡

学歴
東京帝国大学仏文科卒

経歴
昭和3年上京。成城高校のとき日夏耿之介門下に入り、詩作を始める。6年中原中也と知り合い、大学1年の時には3ケ月程寝起きを共にし影響を受ける。10年頃より「四季」に投稿、17年同人となる。その間、16年に処女詩集浚渫船(しゅんせつせん)」で第2回中原中也賞を受賞戦後は43年に復刊された「四季」に参加、詩集「昨日の空」を刊行。一方、英語教師を振り出しに、宮崎県延岡市と東郷町の教育長を務めるなど、教育畑を歩む。60年東郷町長選挙に当選、1期務めた。

受賞
中原中也賞(第2回)〔昭和16年〕「浚渫船」

没年月日
平成10年6月2日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

20世紀日本人名事典 「高森 文夫」の解説

高森 文夫
タカモリ フミオ

昭和・平成期の詩人 元・東郷町(宮崎県)町長。



生年
明治43(1910)年1月20日

没年
平成10(1998)年6月2日

出生地
宮崎県東臼杵郡

学歴〔年〕
東京帝国大学仏文科卒

主な受賞名〔年〕
中原中也賞(第2回)〔昭和16年〕「浚渫船」

経歴
昭和3年上京。成城高校のとき日夏耿之介門下に入り、詩作を始める。6年中原中也と知り合い、大学1年の時には3ケ月程寝起きを共にし影響を受ける。10年頃より「四季」に投稿、17年同人となる。その間、16年に処女詩集「浚渫船(しゅんせつせん)」で第2回中原中也賞を受賞。戦後は43年に復刊された「四季」に参加、詩集「昨日の空」を刊行。一方、英語教師を振り出しに、宮崎県延岡市と東郷町の教育長を務めるなど、教育畑を歩む。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「高森 文夫」の解説

高森文夫 たかもり-ふみお

1910-1998 昭和-平成時代の詩人。
明治43年1月20日生まれ。東京の旧制成城高在学中に中原中也と知りあい,詩作をはじめる。昭和12年刊行の第1詩集「浚渫船(しゅんせつせん)」で中原中也賞。17年「四季」同人となる。戦後,郷里の宮崎県で延岡市教育長などをつとめ,60年東郷町長。平成10年6月2日死去。88歳。東京帝大卒。詩集はほかに「昨日の空」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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