知恵蔵の解説
米ソ冷戦期のミサイル防衛は、飛来する大陸間弾道ミサイル(ICBM)の付近で迎撃用核ミサイルを爆発させるといった、大量の放射性物質をまき散らすものとして始まった。また、迎撃が可能となれば、それを回避するためにICBMの配備数を拡大するようになり、軍事バランスが崩れるといった懸念から、「弾道弾迎撃ミサイル制限条約」が米ソで結ばれていた。冷戦終結に前後してICBMを巡る超大国の緊張は緩和されたものの、中近距離の射程距離を持つ弾道ミサイルは広く中小国にまで拡散した。米国のミサイル防衛は、湾岸戦争などを通してこれに対抗することが重視され、クリントン政権時代に戦域ミサイル防衛(Theater Missile Defense、TMD)の一環として、THAADやパトリオットの開発が始まった。
弾道ミサイルは標的地点まで落下するにしたがって速度を増し、射程距離の長い弾道ミサイルほど高速度になって迎撃が困難になる。また、射程距離の長い弾道ミサイルは弾頭も大型であるのが一般的で、撃破できたとしても至近距離では地上への影響が大きい。このためTHAADは、宇宙高度(地上100キロメートル)付近で弾道ミサイルの弾頭を撃破する戦域高高度防空(Theater High Altitude Air Defense)システムとして計画された。米国のミサイル防衛の再編で現在は呼称が変わったが、略称は引き続きTHAADとして2009年に部隊への配備が開始された。イージス艦に搭載されているSM-3が長距離、高層域での迎撃、パトリオットPAC-3が短距離、低層域での迎撃をカバーするのに対して、THAADはそれらの中間的な高度40~150キロメートル、防衛半径200キロメートル程度での迎撃用として運用される。
北朝鮮のミサイル発射実験が相次ぐ中、日本ではPAC-3に加えてSM-3が運用され、SM-3を地上から発射するイージスアショアも自衛隊に配備が検討されている。THAADシステムに使われる1千キロ以上の探知距離を持ったXバンドレーダーは、すでに国内に設置されているがミサイル配備は予定されていない。韓国では16年に在韓米軍に配備が決定したが、北東アジアの軍事バランスを崩し新たな軍拡などを招くとして中国やロシアから非難を浴びた。中国は、韓国にXバンドレーダーが設置されて自国の軍事情報が筒抜けになるのを危惧しているとされ、韓国に対して経済制裁などを行って配備撤回を強く迫っている。また韓国内では朴槿恵(パク・クネ)が罷免され新たに文在寅(ムン・ジェイン)が大統領に就任したことや、国内世論としてTHAADは国防に寄与するどころか韓国がミサイルの盾にされるだけで、いたずらに緊張を高めるものだとして配備に反対する声も大きく、政府は配備に前向きとはいえない状況にある。
(金谷俊秀 ライター /2017年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報