東北院(読み)とうほくいん

日本歴史地名大系 「東北院」の解説

東北院
とうほくいん

[現在地名]左京区浄土寺真如

平安時代に建立された寺院。時宗。本尊は弁財天。江戸時代中期までは現京都市上京区にあった。「拾芥抄」に一条南、京極きようごく東とあり、これは上京区北之辺きたのべ町付近にあたる。

〈京都・山城寺院神社大事典〉

〔建立とその後の推移〕

「東北院供養記」は「法成寺内艮角新立三昧堂、女院御願」と記し、藤原道長の女で一条天皇の中宮、後一条天皇の母であった上東門院彰子の発願で建立された三昧堂が、法成ほうじよう寺の艮(北東)角に位置するため東北院と称された。「今鏡」は「山のかたち池のすがたもなべてならず。松の影、花のこずゑもほかにはすぐれてなん見え侍る」と形勝を描く。「百錬抄」長元三年(一〇三〇)八月二一日条に「上東門院供養東北院准御斎会」とあり、供養法会は国家的行事の御斎会に準じて挙行され、藤原実資をして「往古不聞事也」と嘆ぜさせるほど贅をつくしたものであった(小右記)。当日の上東門院の供養願文によると、常行堂(三昧堂)には金色の阿弥陀如来像のほか脇士の観音・勢至・地蔵・竜頭菩薩などの像、書写された妙法蓮華経一〇〇部および一二体の神像が安置されていた(扶桑略記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

世界大百科事典(旧版)内の東北院の言及

【東北院職人歌合】より

…中世に詠作された現存の職人歌合の中で一番古いもので,序文によると1214年(建保2)東北院の十三夜の念仏に集まった職人の催した歌合という形をとる。曼殊院旧蔵本は奥書により花園院(1297‐1348)の宸筆(しんぴつ)かと推定される。…

※「東北院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」