霊波(読み)れいは

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「霊波」の解説

霊波 れいは

1290-1377 鎌倉-南北朝時代の僧。
正応(しょうおう)3年生まれ。華厳(けごん)宗。鎌倉称名寺の湛睿(たんえい)にまなび,東大寺戒壇院の盛誉(じょうよ),俊才から受戒奈良の七大寺に遊学し,応安6=文中2年(1373)称名寺の住持となった。永和3=天授3年8月15日死去。88歳。相模(さがみ)(神奈川県)出身。俗姓足利。字(あざな)は性通。著作に「華厳五教章見聞鈔」「律興要伝」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の霊波の言及

【信仰治療】より

…しかし信仰治療の意味づけとしては,さわる者の手から,さわられる者の身体に何か目に見えない霊力のようなものが移り伝わると信じられた。これを未開社会ではマナ(呪力)といい,あるいは触れないままで,手をかざしただけで,何かが伝わるときには霊波ともよぶ。そしてその霊波の伝わりによって病者の身体が,ひとりでに動き出し,痙攣(けいれん)発作のような状況を呈するとき,これを霊動といってその効果のあらわれた証拠とすることがある。…

※「霊波」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」