日本大百科全書(ニッポニカ) 「アナログコンピュータ」の意味・わかりやすい解説
アナログコンピュータ
あなろぐこんぴゅーた
analog computer
アナログ量によって、与えられた方程式を表現する現象をつくり、そのときの物理量を計測して方程式の解を得る装置。アナログ計算機、相似形コンピュータ(相似形計算機)、あるいは略してアナコンともいう。「アナログ」とは相似を意味しており、物差しの長さとか、軸の回転角、電流などの物理的な量によって表される数量のことをアナログ量という。アナログ量はデジタル量と違って本来連続量であるが、計測器の精度によって、表される数値の精度は限られてしまうことになる。さらに現在広く使われているデジタルコンピュータで連続量を取り扱うときは、適当な有効桁(けた)数以下を捨てた近似値で表現しなければならず、ここにアナログコンピュータの存在理由があるといえる。ただし、現在のアナログコンピュータは、電子回路を応用した形式のものがほとんどで、操作が容易のうえ、問題の条件を変えたときの変化がすぐ直視できるなどの長所があるが、用途が単能に近いことや、精度をあげるのが困難などの理由もあって、デジタルコンピュータに比べると普及の度合いはずっと少ない。
[小野勝章]
歴史
もっとも素朴なアナログコンピュータは計算尺であるといえる。計算尺は、対数の和が真数の積に対応することを利用して、対数目盛りの物差しを用いて掛け算をする道具である。計算尺の場合、アナログ量として物差しの長さをとっている。最初の計算尺は17世紀に出現したといわれる。地図などの上で複雑な形の平面図形の面積を測るプラニメーター(19世紀初め)は、追跡針を先端にもった腕に積分車がついており、追跡針で図形の周囲をなぞるにつれて積分車が回転し、その回転量で図形の面積を表すようになっている。1931年にアメリカのマサチューセッツ工科大学のブッシュは、歯車や円板、カムによって微分方程式を解く機械をつくった。ブッシュの微分解析機は、後述する電子回路による微分解析機よりも高い精度を得たといわれる。ブッシュの積分器の原理は、回転円板の上に別の回転円板をのせたもので、小円板が大円板に接する半径r1を、ある関数に比例して移動させ、大円板を回転させると、小円板の回転角ωが関数の積分に比例して変化する。微分方程式は、未知の関数の導関数(微分した関数)が満足する関係を方程式で表しているから、この種の方程式を解くには、関数を積分する装置を必要とする。
以上は機械的な装置によって実現されたアナログコンピュータであるが、電子技術が発達すると、電気回路を応用した回路網解析機や、さらに1947年になって真空管式の微分解析機などが出現した。
[小野勝章]
直接相似と間接相似
直接相似とは、分析したい現象と同じ原理の現象を装置に組み込んで計測するか、または同じ形式の方程式に従う別の物理現象を装置に組み込む方法をいう。間接相似とは、分析したい現象を方程式(おもに常微分方程式)で表現し、その方程式を解く装置によって解を求める方法で、微分解析機はその代表的な例である。直接相似には、真空管などの電極の周りの電位分布を解析するために、電極の形を擬した槽に液体を満たして電気をかけ、各部の電圧を測定するなどの例がある。また珍しい例として、複雑な形をした枠にシャボン玉の膜を張り、空気圧をかけたときの各部の膨らみを測定して、熱伝導の計算を行った記録がある。
電力系統を流れる電気の流れや、事故の影響を分析するために、実際の送電・配電系統の等価回路を組み立て、負荷の変動や事故に対応した現象をインプットして、回路を流れる電流の動きを調べる交流計算盤は、直接相似形コンピュータとしてよく使われる例である。この種の装置を一般に回路網解析機とよぶ。飛行機や自動車などの空気特性を調べるには風洞実験を行うが、これも直接相似の一種と考えることができる。
[小野勝章]
電子式微分解析機
現在のアナログコンピュータの主流は電子式微分解析機である。電子式微分解析機では数値を回路の電圧で表す。なかには電流で表す電流型もあるが、電圧型を例にとって説明すると、中心となる要素は演算増幅器である。演算増幅器とは、増幅度がきわめて大きい電圧増幅回路であるが、入力側と出力側とで位相が逆になる特徴がある。演算増幅器を応用した回路によって、加算器、積分器、加算積分器などを構成することができる。演算増幅器を用いた回路は、入力信号と出力信号が(交流理論の意味で)比例関係にあり、入力信号の重ね合わせが可能なので線形演算素子ともよばれる。これに対して、乗算器や関数発生器、不感帯やバックラッシュを表す要素などは非線形素子とよばれる。
[小野勝章]
アナログコンピュータの構成と応用
以上のようにアナログコンピュータは、電子回路の素子を、方程式を解くために自由に係数を選定して結線を行わなくてはならない。このため一般のアナログコンピュータでは、配線盤(パッチボード)をもっていて、内蔵している要素を自由に配線して使えるようになっている。要素としては、演算増幅器のほかに係数ポテンシオメーター、いろいろな非線形要素、時間遅れ要素などをもつ。解の表示は、ある端子の電圧の時間変化を描かせるペン書きオシログラフか、ブラウン管を用いたオシロスコープによって行う。
アナログコンピュータは、運動方程式、制御の方程式、振動問題、電気回路の過渡現象の解析のように、常微分方程式で表される多くの問題を解くのに適している。これらの問題は、デジタルコンピュータでも解くことは可能だが、デジタルコンピュータでは数値が不安定となって解くことが困難な問題でも、アナログコンピュータでは問題とならない場合が多い。
自動制御では、入力信号と出力信号の関係を、微分を示す演算子の関数の形で表現する。これを伝達関数というが、演算増幅器の入力インピーダンスと帰還インピーダンスに種々のものを組み合わせることにより、いろいろな制御機能を表す伝達関数をつくることが可能となるので、アナログコンピュータの応用範囲がとくに広い。
デジタル量とアナログ量を変換するDA/AD変換装置によって、判断・比較などの処理をデジタル回路で行うと、経済的でしかも確実にできる。デジタルコンピュータの長所を取り入れたアナログコンピュータや、アナログコンピュータとデジタルコンピュータを結合したハイブリッドコンピュータもある。
[小野勝章]
『若山芳三郎・稲垣幸一著『新訂入門アナログ計算機』(1976・啓学出版)』▽『本田昭著『アナログ計算のシミュレーション』(1976・コロナ社)』