翻訳|simulation
本来、「シミュレーション」の語義は、「ふりをする、まねをすること」の意であるが、今日では、科学・技術用語として、諸事象に関する数値的あるいは物理的モデルによるモデル実験の総称を意味する語となっている。「模擬実験」などと訳されることもあるが、一般に原語のままで用いられることが多い。シミュレーション技術は、自然科学・工学ばかりでなく経済学など広く社会的諸事象にかかわって用いられている。その発展の基礎となったのは、いうまでもなく1950年代以降の電子計算機の実用化とその普及である。シミュレーションを実行する装置がシミュレーターであり、研究・訓練に用いられる。数学的モデルによるシミュレーションでは、シミュレーション・プログラムそれ自体や、シミュレーション・プログラムを組む言語もシミュレーターと称している。
今日、広範に行われているシミュレーション技術をそのモデル構成の特徴から大別すると、以下の4種類に類別される。
(1)現実のシステムの模型をつくって実際に実験をする方法で、港湾・海岸地域の模型を作製して水を流し、潮流の解析、汚染物質の拡散状況を調べる実験や、航空機設計のための風洞実験など、スケール・モデルと称されるものがこれに属する。
(2)現象的には対応する同等の特性をもっているが、物質としては異なるものを用いて調べる方法。力学(機械)系の振動特性を調べるために、対応した同等の特性を有する電気回路に置き換えて調べたり、駅で乗客の動きを知るために模型をつくり、乗客の流れを粘性の大きい流体に置き換えて観測する場合などがこれで、アナログ・モデル(類推モデル)といわれる。
(3)数学的モデルに基づいて、対象系の諸量について計算アルゴリズムをもとにコンピュータのプログラムを組み、電子計算機上でシミュレートする計算機実験。都市道路交通システム、物質流通システム、生産管理システムの場合など広く行われており、また分子集団で構成される液体系の物性を調べるために行われる計算機実験などもこの事例の一つである。通常、コンピュータ・シミュレーションというとき、この数学的モデルのうち、とくにデジタル・モデルによるシミュレーションをさしている。
(4)ビジネス・ゲームなど、いわゆるゲームとよばれる「人間の判断が介在する」システムに対する実験。
以上の4種類は、実際には明確な区別はなく、また以上のものがいくつか組み合わされた形で行われることが多い。以上のうち、今日、中心となっているのは(3)のタイプのものであり、以下の記述はそれを中軸として述べる。
[荒川 泓]
コンピュータ上でシミュレーションを実行する場合、まず対象システムのモデル化が要求される。そのモデルは(前述(1)のようにまったく具体的なものではなくて)数値の配列、あるいは変数から構成される抽象的なモデル(前述(3))である。この数値モデル(デジタル・モデル)では、対象系あるいは現象をとらえるにあたって、その時間経過、すなわち実時間をどのようにシミュレートするかが問題であり、その点から「連続変化モデル」と「離散変化モデル」の二つのモデル構成法が考えられた。前者は、時間を連続的に(微小等時間間隔で)変化する量としてとらえて対象系の変化を記述するものであり、後者は、その対象系の事象の変化の問題とすべきポイントを押さえ、それをつないで描写するものである。
シミュレーションの実行のためのプログラムは、通常の計算で用いられる汎用(はんよう)プログラミング言語である科学技術計算用のFORTRAN(フォートラン)、事務処理用のALGOL(アルゴル)などを用いて組むことは可能であるが、シミュレーション計算では一般に同時並行現象などを含む(今日普及しているコンピュータは基本的にシリアル・マシン)ので、プログラムが複雑になる。そのため専用の「シミュレーション・プログラミング言語」が開発されている(これをシミュレーターあるいはシステム・シミュレーターという)。そして、先の二つのモデル構成法に対して、シミュレーション言語も2種開発されている。その一つの「連続システム・シミュレーター」は、もともとアナログコンピュータによる微分方程式の数値解を求める計算などをデジタルコンピュータで実行しようとする試みから出発したもので、1950年代なかばから開発されている。現在、広く用いられているものに、DYNAMO(Dynamic Model、1962)、CSMP(Continuous System Modeling Program、1967)などがある。いまひとつの「離散システム・シミュレーター」の代表例にGPSS(General Purpose System Simulator、1961)、SIMSCRIPT(Simulation Scriptor、1961)などがあり、GPSSはもっとも広く用いられてきた。
以下、離散システム・シミュレーターに限って、それが汎用プログラミング言語に比べてどのような特徴をもつかについて述べる。システムの表現には二つの観点、すなわち静画と動画とがある。基本の局面にどのようなものがどのような性質をもって現れるかを考え、それを整理して表現し(静画)、それをつないで動画化する。SIMSCRIPTでは、システムを構成する要素をエンティティentityといい、恒久要素と一時要素とに分ける。たとえば道路交通システムでは、道路・交差点・信号などが恒久要素であり、車両・歩行者などは一時要素である。それらにはそれぞれ属性attributeがあり、それが表示される。これは一般性をもった静的表現の技法である。GPSSでは、一時要素はトランザクションtransactionとよばれ、これは「時間の経過とともにシステムのなかを動く対象」であり、車両・歩行者・航空機や、通信システムであれば電文などを表現する。恒久要素は、さらにストーレジstorage、ファシリティfacilityの二つに分類される。「同時に複数個のトランザクションが入りうる、あるいは使用できる機器設備類」(駐車場・倉庫・教室など、対応するトランザクションは車両・商品・生徒など)がストーレジであり、「同時に単一のトランザクションのみが使用しうる機器設備類」がファシリティ(電話・サービス窓口など、対応するトランザクションは通話者・顧客など)である。トランザクション、ストーレジ、ファシリティにも「属性」が定義される。
以上のモデル表現のうえで、時間とともにシステムがどう変わるかを考える。恒久要素そのものは変化しないが、その特性は変わる(駐車場そのものは変化しないが、その中に駐車している車の数は変化する)。一時要素は運動をするうえに生じたり消滅したりする。時間の経過とともに、これらの変化を記述するのがシミュレーション・プログラムであり、その記述方式は大別して、トランザクション中心の記述、事象中心の記述、プロセス中心の記述の三つに分けられる。GPSSはトランザクション中心の考え方をとり、その動きに沿ってシステムの時間的変化をみるという形になっている。SIMSCRIPTは、当初、事象中心の記述であったが、その改良版ではプロセス中心に移ってきている。GPSSによるプログラムは、基本命令である「ブロック命令」で構成され、それに対応して「ブロック・ダイヤグラム」が準備されており、これがいわばトランザクションの流れる道である。ブロック・ダイヤグラムで記述されたモデルは、コーディングされ、計算機に入力されてシミュレーションを実行する。これらのシミュレーション言語には、固有のモデル構成概念が備わっており、使用者はそれに従ってモデルを構成することとなる。
以上、モデル構成の面からみてきたが、シミュレーション・モデルは、そのシステムの変化の過程の因果論的特徴からみて、「決定論的モデル」と、その変化の一部もしくは全部が確率論的にしか記述できない「不確定モデル」(確率的モデル、ストカスティック・モデル)とに分けられる。現実のシステムの変化は、ほとんどすべてがそのなかに確率的要素を含んでいる。確率的モデルに対するコンピュータ・シミュレーションは「モンテカルロ法」Monte Carlo Methodで行われる。この手法は、コンピュータで「一様乱数」を発生させ、それを用いて与えられた分布に従った乱数をつくりだし、システムの入力またはコントロールにその乱数を用いてシミュレーションを実行し、確率を伴った結論ないしは平均的数値を得るものである。そもそも現代の意味でのシミュレーションの嚆矢(こうし)とされるのが、第二次世界大戦末期、フォン・ノイマンやスタニスラウ・ウラムStanislaw Ulam(1909―1984)らにより、ロス・アラモスで行われた核分裂物質における中性子の拡散現象についてのモンテカルロ法によるシミュレーションであり、モンテカルロ法はシミュレーション技法において重要な比重を占め、今日に至っている。
シミュレーションのモデル技法において、「待ち行列」queuingの問題が重要な役割を果たす場合がしばしばおこる。これは、その名のとおり、公衆電話やサービス窓口における待ち合わせ行列そのものであって、サービス提供施設の容量、それに対して顧客にとっての情報不足と取り合い問題の両面からみたときの最適値問題として、きわめて大きな一般性を有する問題となる。
[荒川 泓]
シミュレーションが有効性を発揮するのは、調べようとする対象系が複雑ないしは巨大すぎて、(1)解析的な解が求められない場合、(2)実験観測にあまりにも多くの時間もしくは費用を要して事実上実験できない場合、さらに(3)実験条件が極限状況ないしは危険(放射能・高温など)で実験が不可能の場合などであり、また(4)自然、地域、社会などを対象とするもので、本来、実験が不可能の場合、(5)本来、一回性の事象を対象とする場合、などである。実際にはこれらの条件が重なり合って現れることも多い。
[荒川 泓]
自動車、鉄道、航空機など交通網の発達はまさに現代を特徴づけるものである。これらの交通輸送システムの管制や制御は、コンピュータを中心とするシステムとして行われているので、そこではシミュレーション技術が不可欠である。身近なところでは、道路交通システムにおいて、いかなる信号表示が効果的であるかを知るためにはシミュレーションがもっとも有効であり、GPSSが多く用いられてきた。数値モデルによるコンピュータ・シミュレーションの典型例である。日本で開発された新しい道路交通システム専用のシステム・シミュレーターにTRACSS(Traffic Control System Simulator)があり、交通管制システムの設計に寄与している。
新幹線の運転管理は、いうまでもなくコンピュータ・システムで行われている。そこでは運転整理・計画を有効適切に行うためのシステム・シミュレーターとして新幹線トラフィック・シミュレーション・システム(STRATS)が開発され、訓練用シミュレーターとしても使われている。航空管制の分野では、たとえば離着陸の待ちの問題は、前述の待ち行列の典型的な問題であり、航空管制合理化は久しくシミュレーション技術の対象として取り上げられてきた。
[荒川 泓]
航空機、列車などの操縦・運転や、化学・原子力プラントなどのオペレーションの訓練に使われる。航空機フライト・シミュレーターはその代表的なもので、これは物理的なモデルと、それを制御するコンピュータのなかの数値的モデルとを組み合わせた、いわゆるハイブリッド(混合)モデルである。そのもっとも高度の例がスペースシャトルの場合である。これは、着陸時にマッハ25の速度から減速して、大気圏再突入時から4000マイル(約6437キロメートル)も離れた地点に着陸することを動力なしで、1回で成功させなければならず、その着陸技術の訓練はシミュレーターによるほかない。まさにシミュレーションの成功がスペースシャトル計画のすべてであったといわれるゆえんである。フライト・シミュレーターとともにシミュレーションによる訓練が重要な意味をもつのは、化学・原子力プラントなどのプロセス・オペレーションの分野であるが、これはフライト・シミュレーターより遅れて発達した。これらのプラント・システムにおける問題は、事故発生の場合の対応であり、その訓練はシミュレーションによる以外の方法はない。シミュレーション技術のいっそうの発展が要求されるとともに、そのこと自体が重要な意味をもっているといえる。
[荒川 泓]
前記のプロセス・オペレーション・システムへの適用はその典型的事例であるが、その他のいくつかの代表的事例をあげると、産業における問題としてもっとも早く発達したのは、生産計画、工程管理、在庫問題におけるシミュレーションであり、サービス窓口問題とともに待ち行列理論の適用分野でもある。電力工学分野では、送電線への落雷による事故は重大な問題であるが、落雷による送配電システムの事故率などを知るためにモンテカルロ法によるシミュレーションが行われている。
[荒川 泓]
固体物理における相転移などの協力現象、液体論(状態方程式・動的物性)、プラズマ物理などの分野で、解析的に解けない問題に対してモンテカルロ法、分子動力学法などによるシミュレーションが行われ大きく寄与している。
[荒川 泓]
シミュレーションは「システム工学」の基本的手法として、対象系を「システム」として扱う限りにおいて、どのような系にも適用できる。たとえば、「ローマ・クラブ・レポート」は、アメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)のグループが中心となって、地球全体を一つの宇宙船として「世界モデル」を設定し、シミュレーションを行ったものである。同じように中国の人口問題に関するシミュレーション、ボストン市を対象としての「都市システム」についてのシミュレーションなどが、アメリカで行われている。これらは、システムとして巨大かつ複雑であるので、入力パラメーター設定に当然単純化を伴うものである。また、その結果をどう使うかが問題である。目的がそもそも問題であるのは軍事問題についてのシミュレーションであり、「戦争ゲーム」はその最たるものである。
地域・都市などを対象として、たとえば環境アセスメントの一つとして、地域での諸計画の具体化に先だって、十分な調査データに基づいて行われるならば、そうしたシミュレーションは一つの予測データとして意味をもつものである。
[荒川 泓]
第二次世界大戦後、オペレーションズ・リサーチに代表される科学的管理・計画手法が企業経営の分野に導入されたのに伴い、その手法の一つとして、工程管理、在庫管理、生産計画、販売戦略など、不確実要因を含む種々の経営問題に対して、シミュレーションが用いられるようになった。これらの問題では、多くの要因が入り組んで相互に関連しあい、しかもそれぞれが不確実的要素を伴うため、全体の結果を予測することが困難な場合が多い。また、明確な予測なしに実行した結果が不成功であった場合、事態は企業にとって致命的なものとなることもある。したがって、それらの計画や作業を実行に移す前に、その結果のおおよそを把握するためにシミュレーションが行われるのである。それは実際の状況に類似した小規模の装置を用いて行われることもあるが、多くの問題ではコンピュータを用いて行われる。シミュレーションに用いられるこのような装置やコンピュータ・プログラムのことをシミュレーターという。コンピュータを用いる場合、たとえば、確率的に発生する事象を表現するには、コンピュータ内で乱数を発生させるなどの手法を用いて、現実におこる事柄を実験的に観測することができるのである。また、このようなシミュレーション作業用のコンピュータ言語(厳密には、FORTRAN、COBOLなどの汎用(はんよう)言語より一段レベルを異にする応用プログラムに属するもの)として、GPSS、SIMSCRIPT、DYNAMOなどが開発されており、実際にすでに長く実用に供されてきている。さらに、経営分野におけるシミュレーションの利用は、アメリカを中心とする第二次世界大戦後のビジネス・スクール全盛のなかで、ビジネスマンや経営管理者層のための教育・訓練カリキュラムのなかで重要な位置を占めることになり、その教育手法はビジネス・ゲーム、あるいはシミュレーション・ゲームとよばれて広く用いられるに至っている。これはまず、学生をいくつかの仮想的企業経営陣に分けて企業間の市場競争状態のなかに置く。そして、学生はそれぞれの所属のモデル企業の経営陣として、営業、生産、技術、財務、人事等の企業組織とその間の相互関連、意思決定方式等をモデルとして設定し、そのもとで需要、マクロ経済、研究開発等、各種の不確定要素が確率変数として種々に与えられるなかで、各モデル企業の設定した経営戦略がいかなる財務諸表となってその経営成績が示されるかを、あたかも実際に企業経営を行うかのように実験するものである。これによって、学生は、他のカリキュラムとして学んだマーケティング、経営管理、財務管理、企業会計等の個別科目をその間の有機的関連として実際の経営動態のなかで習得することができるとともに、特定の経営戦略が経営組織のいかなる経路をとおして全体の経営成績に影響するかを教室のなかで短時間に、しかも戦略の誤りによる膨大な現実リスクを伴うことなしに、体験することができる。これがシミュレーションの大きなメリットであり、そのため、この教育手法は経営者教育に大きな成果を生むものとして、今日、ビジネス・スクールなどでの一つの中心的なカリキュラムとして使われている。
[高島 忠]
経済分野におけるシミュレーションは、おもに計量経済学を用いてなされる経済予測および政策分析について行われる。それらはもっぱらコンピュータ・プログラムによるものであり、その対象の性質から、この分野で物理的装置を用いてすることは、一般には考えられない。また、システムとしての複雑性、多様性、個々の要因の行動の不確実性などから、現実経済の体系を厳密な確定的数学式として記述し、それに基づいてすべての変数についての一般解を解析的手法によって導くことも一般には不可能である。
まず、分析ないし予測の対象となる経済体系を構成する各種の要因(=経済変数)間の主要な相互関連を、経済理論を基礎として確率的数学モデルとして構成する。そして、そのモデルに従って、過去の統計データを用いて、その具体的な関係を数量的に推計する。これは、現実経済を分析目的に応じた基本的構造として表現し、それを数量的因果関係として示すものであり、構造方程式体系とよばれる。この体系を用いることにより、政策的変数(政府支出、政策金利など)を任意に変えてみることにより、さまざまな政策変更に伴って生ずるであろう経済効果をあらかじめ知ることができ、また、外生的変数(日本経済を対象とする場合には、世界の貿易量、輸入一次産品価格など)の将来値を想定することにより、その条件の下での将来の経済の姿を予測することができる。
予測と政策分析においては、それぞれのシミュレーションにおいて、経済モデルのなかの変数の取り扱いに違いがある。現実経済の動きを、重要な変動要因(経済変数)間の相互依存関係として確率的数学モデルとして描写したものが計量経済モデルであるが、それを構成する経済変数はその経済的特性から、まず、経済的因果関係として市場のなかで決まってくる内生変数とそれ以外の、市場の外で決められる外生変数(自然的・政治的・政策的条件など)とに分けられる。経済予測のシミュレーションにおいては、外生変数に想定される状況を数値として与えれば、それらの状況が実現したとの仮定の下で、経済実態がどのような内生変数(消費、雇用、物価、輸出入、経済成長など)として示されるかが決まってくる。これに対して、政策分析のシミュレーションにおいては、まず、経済成長率、消費者物価、失業率などをどの水準にしたいかというような政策目標があって、それらの目標を達成するためにはいかなる経済政策を実行すべきか、ということを実験的に知ることが目的である。したがって、ここでは、予測シミュレーションにおいて内生変数であったものの一部が政策変数として設定目標値をもつことになるため、外生変数に転化する。その一方で、外生変数の一部がそれらの政策目標を達成するために求められるべき変数として内生変数に転化する。このような経済変数の再構成の下でシミュレーションが行われ、設定目標に対する整合的な経済政策が実験的に知れるわけである。もし、解として得られた政策変数の値が現実環境の下で実現不可能と判断される場合には、政策目標を変更してシミュレーションを繰り返し、実現可能な政策目標とそれに対して整合的な政策手段の組合せをみいだすという作業を行う。
以上の経済分野へのシミュレーションの応用においても、1990年代以降のコンピュータとくにパーソナルコンピュータとその多様な応用ソフトウェア(SPSS、TSP、GAUSS、MATHEMATICA、EViews、STATAなど)の進歩、発展、普及から、時間・費用の節約、リスク回避、事前情報の取得など、シミュレーション一般がもつ利点の実現は顕著であるが、その一方で、その限界にも十分留意する必要がある。とくに、経済シミュレーション作業のスタートとなる経済モデルの設定において、最大限経済理論に基づくものとはいえ、それはあくまで現実経済の基本的な因果関係をモデル設定者の考えによって構成したものであって、現実経済そのものの完全な再現ではない。また、よってたつ経済理論もつねに発展途上のものである。さらに、かりに、その経済モデルがきわめてよく現実経済の動きを描写するものとなっていたとしても、モデルのなかで、経済変数間の因果関係を具体的に示す数値である定数(構造パラメーター)は、経済現象が人間行動の結果である限り、将来にわたって不変のままであるとの保証はない。その変化は、当然、シミュレーション結果を直接左右することになり、実験情報としての価値に影響を及ぼす。この影響は、とくに、予測シミュレーションにおいて看過することはできない。ここにおいては、シミュレーションによる正しい経済予測のためには、モデル(とくに構造パラメーター)の正しい予測が前提となるというトートロジー(同語反復)に直面することになる。
[高島 忠]
国際政治学におけるシミュレーションは、1950年代末ごろからアメリカで盛んに行われるようになった国際政治分析の新しい手法、つまりモデルによる実験である。従前の国際政治研究は、おもに国際法と外交史を手掛りにした国際制度や機構、歴史的事例研究であった。これでは、政策決定のメカニズムや機能を十分に明らかにしえなかったし、予測性にも欠けていた。
第二次世界大戦後の行動科学の発展は国際政治学の分析に大きなインパクトを与えた。数量化や測定理論、ノン・パラメトリックな統計学の進歩は、国際政治現象を数量的にとらえ、法則性をみいだそうとする努力を導いた。この努力の一つとして国際政治学上のシミュレーションを位置づけることができる。それは、現実の国際政治と似た状況を実験室の中につくり、繰り返しのできない政治現象をシミュレートすることによって一般的な仮説構築を目ざす。
このシミュレーションには三つのタイプがある。(1)コンピュータによるシミュレーション、(2)人間だけによるシミュレーション、(3)人間とコンピュータの共同によるシミュレーション、である。これらのなかで人間とコンピュータを組み合わせたシミュレーションがもっともよく国際政治状況ないし条件を忠実に再現するといわれ、このタイプのものが現在研究ないし試行されている。その代表的な例が、ノースウェスタン大学のハロルド・ゲツコウHarold Guetzkow(1915―2008)の開発した国家間シミュレーション(INS)である。INSは、五つの仮想国を設定し、それぞれに政策決定者(国内政策決定者IDM、のちに主要政策決定者CDM、対外政策決定者EDM、軍事政策決定者MDM、政策決定者にとってかわろうとする者ADM等)が置かれ、これら被験者はその役割を一定のルールと手続に従って演ずる。その際被験者の文化や国籍、パーソナリティーの違いによる行動の相違が問題となる。INSは、1時間前後をかけてプログラムに制約を受ける予算の決定と被験者の自由活動による外交の展開という二つの時期を繰り返す形で行われ、その目的は前半と後半の国際政治の動的関係の仮説の抽出・定式化にあるといってよい。
国際政治学におけるシミュレーションは、教育、訓練、モデルの構築にとって有益であるが、今後のシミュレーションの大きな課題は、モデルの統合研究coherence studiesとモデルの有効性確認研究validation studiesであるといわれている。1990年代以降の高性能のパソコンとそのネットワーク・システムの普及は、前記の研究や国際政治の動態分析をより容易にし、大きな成果をあげている。
[臼井久和]
『中西俊男著『コンピュータシミュレーション』(1977・近代科学社)』▽『大村平著『シミュレーションのはなし――転ばぬ先の杖』(1991・日科技連出版社)』▽『中西俊男著、電子情報通信学会編『シミュレーション』(1994・コロナ社)』▽『三根久編著『モンテカルロ法・シミュレーション』(1994・コロナ社)』▽『津田孝夫著『モンテカルロ法とシミュレーション――電子計算機の確率論的応用』3訂版(1995・培風館)』▽『田中克己・石井信明著、計測自動制御学会編・刊『スケジューリングとシミュレーション』(1995・コロナ社発売)』▽『薦田憲久・大川剛直著、計測自動制御学会編・刊『システムのモデリングとシミュレーション』(1995・コロナ社発売)』▽『川添良幸・三上益弘ほか著『コンピュータ・シミュレーションによる物質科学――分子動力学とモンテカルロ法』(1996・共立出版)』▽『有沢誠・斉藤鉄也著『モデルシミュレーション技法』(1997・共立出版)』▽『伊藤滋監修、環境シミュレーションラボ研究会編著『都市デザインとシミュレーション――その技法とツール』(1999・鹿島出版会)』▽『交通工学研究会編・刊『やさしい交通シミュレーション』(2000・丸善発売)』▽『野波寛著『関西学院大学社会学部研究叢書 環境問題における少数者の影響過程――シミュレーション・ゲーミングによる実験的検証』(2001・晃洋書房)』▽『木下和也著『離散系シミュレーションによるシステム評価手法の研究――生産システム・シミュレーションによるアプローチ』(2001・同文舘出版)』▽『広瀬通孝・小木哲朗・田村善昭著『シミュレーションの思想』(2002・東京大学出版会)』▽『ナイジェル・ギルバート、クラウス・G・トロイチュ著、井庭崇・岩村拓哉ほか訳『社会シミュレーションの技法――政治・経済・社会をめぐる思考技術のフロンティア』(2003・日本評論社)』▽『岡崎進著『コンピュータ・シミュレーションの基礎――分子のミクロな性質を解明するために』第2版(2011・化学同人)』▽『中西俊男著『シミュレーションの発想――新しい問題解決法』(講談社・ブルーバックス)』▽『朝野煕彦著『マーケティング・シミュレーション――情報化時代の戦略的活用法』(1994・同友館)』▽『田中勝人著『計量経済学』(1998・岩波書店)』▽『森棟公夫著『プログレッシブ経済学シリーズ 計量経済学』(1999・東洋経済新報社)』▽『森戸晋・逆瀬川浩孝著『システムシミュレーション』(2000・朝倉書店)』▽『飯島正樹・大浜慶和・伊藤和憲・武藤明則著『意思決定のための経営情報シミュレーション』(2000・同文舘出版)』▽『関寛治著『国際体系論の基礎』(1969・東京大学出版会)』▽『関寛治著『グローバル・シミュレーション&ゲーミング――複雑系地球政治学へ』(1997・科学技術融合振興財団、光栄発売)』
英語のsimulateは,〈まねをする〉〈ふりをする〉という意味の動詞であり,simulationはその名詞形である。しかし,ふつうシミュレーションといえば,現実の世界に存在するシステムあるいはこれから作ろうとするシステムのモデルを作り,これを使って実験することをさす。モデルの中には,宇宙飛行士の訓練のためのカプセルの模型のような機械装置もあって,このような装置はシミュレーターと呼ばれている。しかし,現在一般的によく使われているモデル作りおよび実験の方法は,コンピューターを使うもので,コンピューターシミュレーションとも呼ばれている。
このような意味でのシミュレーションを最初に提案したのはフォン・ノイマンであるといわれている。彼は協力者とともに,第2次大戦中に核分裂の際の中性子の挙動をシミュレーションによって調べた。その後,コンピューターが発展するにつれて,シミュレーションの手法はきわめて多くの分野で使われるようになってきた。次にあげるのはそのうちのごくわずかの例である。(1)粒子の衝突や散乱などの物理的現象の解明と,その応用である原子炉の設計など。(2)工場の生産ラインでの流れ作業がスムーズに行われるようにするための仕事の配置の仕方の決定。(3)化学プラントの効率的な操業条件の決定。(4)超高層ビルの地震に対する振動の様式の分析と耐震設計,およびビルのエレベーターの効率的な運転方法の決定。(5)大型コンピューターの効率的な運転方法に関する分析。(6)コンピューターネットワークの信頼性や効率の解析。(7)LSIの設計が論理的に正しいかどうかの検討。(8)企業レベルあるいは国家レベルでの経済予測。(9)人間の学習,思考,問題解決等の過程の分析。(10)デリバティブ(金融派生商品)の価格の検討。
シミュレーションの進め方の細部は対象とするシステムによって大幅に異なるが,ごくおおまかにいえば,ほぼ次のような手順で行われる。(1)実験の目的を明確にする。(2)モデルを作成する。その場合,現実のシステムを観察し,分析して,当面の目的に重要な関係をもつと思われる構成要素,これらの要素間の関係,システムを支配している諸法則を抽出し,あまり関係のなさそうな要素は捨てる。(3)モデルをプログラム言語を使って記述し,計算機を使って実験する。(4)モデルの妥当性をチェックする。ここでは,実験によって得られた結果を現実のシステムの挙動あるいはこれから作ろうとするシステムに期待される挙動と比較し,食違いがある場合には,モデルを修正してふたたび実験を行う。この過程を繰り返して妥当と思われるモデルを作りあげる。(5)完成したモデルを使って,現実の世界ではまだ経験していない状況あるいは作り出しにくい状況のもとで実験を行う。これによって,現実のシステムがこのような状況のもとに置かれたときの挙動を調べる。
シミュレーションの長所としては次のようなものがあげられる。
(1)これから作ろうとしているシステムの設計のためのデータの収集,設計の正しさや安全性のチェックに向いている。(2)すでに存在しているシステムを用いて実験すると費用が高くついたり,混乱をもたらしたり(たとえば交通管制システムなど),危険であったり(たとえば化学プラントなど)する場合の代替手段として使える。(3)現実のシステムは複雑なものが多く,簡単な数式では記述できない場合,あるいは記述はできたとしてもそれを解析する方法が不明である場合もある。シミュレーションの手法は,このような場合にも使えるので,適用範囲がきわめて広い。
一方,以下の短所にも留意しなければならない。(1)実行の手順で述べたとおり,複雑な現実のシステムに関係するすべての要素を取りあげるわけにはいかないので,モデル作成の際には,これらの要素の取捨選択を行わなければならない。また取りあげた要素間の関連性を明確にしなければならない。この作業は,モデル作成者の主観による部分が多いので,他人に対して説得力のあるモデルが作れるとは限らない。また,どのようなモデルを作ったのかを他人が判断するのが容易ではない。(2)確率的な変動を伴う項目を含むシミュレーションはモンテカルロシミュレーションと呼ばれるが,この場合には,結論を引き出すまでに多数回の繰り返し計算を行わなければならないし,また計算結果から妥当な結論を引き出すために,種々の統計的配慮が必要になる。
モデルを作ってコンピューターで実験するためには,モデルをプログラム言語で表現する必要がある。この目的のためには,たとえばフォートラン(FORTRAN),ベーシック(BASIC),シー(C)などのような汎用のプログラム言語が使われることも多いが,シミュレーション専用の言語も数多くあり,広く使われている。これらの言語は,主として対象とするシステムの性質によって2種類に大別される。一つは,主要な状態が時間とともに連続的に変化するシステム(連続系)を対象とするものである。このようなシステムの解析は,以前はアナログコンピューターを使って行われるのがふつうであったが,最近ではほとんどすべてディジタルコンピューターを使って行われている。代表的な言語としてはCSSLやACSLなどがある。また,システムダイナミクスの分野でよく使われる言語にDYNAMOがある。
もう一つの言語のグループは,状態が離散的な(すなわち,ときどき,とびとびの)変化をするシステム(離散系)を対象とするものである。離散系を対象とするシミュレーション言語は,現象のモデル化の仕方によって,事象中心,プロセス中心,アクティビティ中心の3種類に大別することができる。事象eventというのは,系の状態を変化させる出来事で,所要時間が0と考えられるものである。たとえば,銀行の現金自動預け払い機(ATM)の前の行列の長さの時間変化をシミュレーションしたい場合を考えてみよう。ここに客が1人到着して行列の長さが1増える,あるいは客がATMを使用し終り,行列の長さが1減る,という二つの出来事は,いずれも事象である。これに対して,1人の客がATMを使用し始めてから終わるまでは,一つのアクティビティと考えられる。一方,プロセスというのは,系の中を動きまわる1人の客に対応して起こる一連の事象等を一定のルールで表現するものである。
シミュレーション言語は1960年代にいくつか発表された。SIMSCRIPTは事象中心,GPSSはプロセス中心の言語の代表的なものである。その後,これらの言語には改良が加えられ,また新しい言語もいくつか作られているが,現在では複数のモデル化機能を備えたものも多くなっている。さらには,連続系と離散系のいずれも記述できる機能を備えたSLAM Ⅱのような言語も開発されている。
シミュレーションの対象とする系を工場の生産現場のレイアウト,通信システム,LANなどに限定すると,それぞれに専用のソフトウェアをあらかじめ作っておくと,パラメーターの値を与えるなどの簡単な準備をするだけで,すぐにシミュレーションをすることができる。このようなソフトウェアのことをシミュレーターと呼ぶ。これらのシミュレーターでは,シミュレーション結果をアニメーションによって表示し,モデルの妥当性の検証等がしやすいように工夫されているものが多い。
最初に述べた宇宙飛行士の訓練装置のような機械装置もシミュレーターと呼ばれているが,このような物理的なシミュレーターにおいても,現在ではコンピューターが活用されていて,アニメーションを工夫しており,人工現実感(仮想現実virtual reality)を出して,利用できるようにしているものが多い。
執筆者:伏見 正則
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 ASCII.jpデジタル用語辞典ASCII.jpデジタル用語辞典について 情報
出典 (株)ジェリコ・コンサルティングDBM用語辞典について 情報
出典 (株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」とっさの日本語便利帳について 情報
…略称SD。変動するシステムのシミュレーションモデル(シミュレーション)によって,そのシステムの,時間経過につれて変わる特性を明らかにしようとする方法をいう。
[SDの歴史と現況]
1956年アメリカのフォレスターJay W.Forresterにより創案された。…
… 気象学の分野では1922年にL.F.リチャードソンらによって天気の数値予報の試みがなされた。その後,とくに第2次世界大戦後から今日に至るまでに大型で高速のコンピューターが発達し,数値シミュレーションは気象学・海洋学を含む自然科学の分野で著しく進展した。時々刻々収集される観測データの処理,小規模な対流・風波から大気・海洋の大循環流のような大規模の運動をも含む諸現象の力学的機構の研究,さらには,天気予報や環境影響事前評価などにおける予測計算の一手段として,活用されている。…
…発生数と同様に年による変動があるが,11個上陸した50年は異常な年(8月に小さな台風が多数発生した年)で,通常は多くて5個,平均3個である。
【台風の数値シミュレーション】
台風のコンピューターシミュレーションは1960年ころから行われるようになった。大気を格子点でおおい,各格子点での風や気圧,温度などの物理量の値の時間変化を,流体力学や熱力学の方程式とコンピューターを使って求めていく。…
※「シミュレーション」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...
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