日本大百科全書(ニッポニカ) 「エステファン」の意味・わかりやすい解説
エステファン
えすてふぁん
Gloria Estefan
(1957― )
キューバ生まれのアメリカの女性歌手。本名グロリア・マリア・ファハルドGloria Maria Fajardo。在米キューバ人(キューバン・アメリカン)の1.5世代を代表する存在である。キューバン・アメリカン1.5世代とは、キューバで生まれ、子供のころ、亡命した家族とともにアメリカに渡った世代を指す。キューバの人口1100万人に対して、2003年現在全米で100万人を越え、キューバン・アメリカンについてのキーワードとなっている。
エステファンは、日本でもアメリカン・ポップスの人気歌手として知られるが、映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(1999。監督ビム・ベンダース)のヒットなどによるキューバ音楽やサルサなどの広がり、アメリカ合衆国における「ラテン化」の急速な進行とともに、エステファンの歩みが正当に評価されるようになってきた。
1976年にマイアミ・ラテン・ボーイズから改名したマイアミ・サウンド・マシーンに参加し、新たなアメリカ合衆国におけるラテンアメリカ音楽をマイアミでつくり出した。それは、多文化がモザイク状に拡がる都市ニューヨークにおいてエンクレイブ(飛び地)的に居住し、サルサをつくってきたプエルト・リコ系とは異なり、マイアミ独自のものであった。エステファンよりは少し年長だが、同じように在米キューバ1.5世代に属する詩人・作家のグスタボ・ペレス・フィルマーGuestavo Perez Firmat(1949― )は、彼女たちがもっていた、マイアミという都市ならではのラテン・サウンドの独自性に関して「アングロフォン(英語の)・ソフト・サルサとヒスパノフォン(スペイン語の)・ソフト・ロックの交錯するもの」と論じた。
93年に発表した『ミ・ティエラ』は亡命キューバ人が革命前のキューバを懐かしんだ作品で、全曲スペイン語のノスタルジックなアルバムに仕上がっており、政治的な立場を超えて全ラテンアメリカでヒットした。一連のサウンド・プロダクションは、長年のパートナーであり、他のミュージシャンのプロデュースも積極的に行っている夫エミリオ・エステファンEmilio Estefan(1953― )の手腕に負うところが大きい。また、スペイン語で現代的な汎カリブ的サウンドを展開するアルバムと、英語によるポップスのアルバムを1作おきに発表するという戦略を貫いており、言語によってマーケットが分かれるアメリカス(全アメリカ大陸)を2言語・多音楽で制覇する数少ない大スターである。
しかし、最も知名度の高いキューバ系アメリカ人として、常に難しい政治的な立場にも置かれている。2000年から始まったラテン・グラミー賞をめぐって、キューバ国籍(および在住)のミュージシャンにも賞を与えるべきだと発言、マイアミの反カストロ陣営からの反発をかった。その後、立場を一転させるなど、自身のなかにいくつもの境界や矛盾を抱え込む現代的な表現者としてのポップ・スターである。
[東 琢磨]
『東琢磨編『カリブ・ラテンアメリカ 音の地図』(2002・音楽之友社)』▽『Gustavo Perez FirmatLife on the Hyphen, The Cuban-American Way(1994, University of Texas Press, Austin)』