改訂新版 世界大百科事典 「ガージー」の意味・わかりやすい解説
ガージー
ghāzī
アラビア語の原意は〈襲撃ghazwaする者〉。イスラム世界の辺境を防衛し,異教徒に対する襲撃に従事する人々は,〈信仰戦士〉の意味でガージーと呼ばれ,ある種の記章を有し,長上者に宣誓し,フトゥッワという神秘主義的倫理規範に従うものとされ,その組織は都市のギルドに類似していた。辺境戦士の多くがトルコ族に占められた結果,事実上ガージーという称号は彼らに専用された。とくにアナトリア辺境では,残存するビザンティン領に対し,トルコ族のガージーたちは恒常的戦闘態勢にあった。彼らは信仰のための戦いという大義名分のもとで,領地・戦利品の獲得を目的に襲撃を続けた。有力なガージー指揮者は君侯として各地に割拠し,事実上の独立国家を形成した。モンゴルの侵入によるアナトリアの混乱はこの趨勢に拍車をかけ,ますます多くのガージー志願者が辺境地帯に流入した。彼らの出自は雑多で,ただ能力あるガージー君侯だけがこれを統率することができた。最も成功した統率者がオスマン君侯であり,オスマン帝国はガージー国家として勃興したといえる。トルコ年代記では,ガージー集団はトルコ語風にガジレルgazilerと記されるが,信仰戦士の性格は希薄である。近代トルコの祖国解放運動の中で,ケマル・アタチュルクはガージー・ムスタファ・ケマルとも称された。
執筆者:小山 皓一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報