人間は,みずからの所属する集団のシンボルをつくることをくふうしてきた。未開社会,たとえばアメリカ北西部のインディアンやメラネシアの諸部族などにみられるトーテムなどはその原型であって,ヘビだの,特定のトリだのを部族の守護神かつ象徴として想定し,その象徴によって集団の統合機能をはかってきたのである。デュルケームのいう〈集団表象〉という観念も,こうしたトーテムなどをヒントにしてつくられたものとみてさしつかえない。人間集団はその進化の段階のいかんをとわず〈集団表象〉をつくりあげるのである。そして,社会の組織化がすすむにつれて,中世になると,特定の血縁集団を中心にして紋章があらたな集団表章として成立した。その事情は,西洋でも東洋でもかわらない。
こうした伝統は,近代社会にもうけつがれた。近代社会での集団編成の主体は企業である。企業集団は血縁原理によってつくられたものではなく,それぞれに利益共同体である。それだけに,このあらたな集団は社章を統合シンボルとして必要とした。同族会社として出発したもののなかには家紋をそのまま社章としたものもあるが,あらたなマークをつくったところもある。そうした社章は建物や社旗や製品につけられ,また従業員は,バッジを胸につけてその組織の一員であることを示すようになった。おなじ傾向は大学をはじめ,教育機関にもおよんだ。とりわけ日本では,明治後期に制服,制帽を採用するようになってから,それぞれの〈校章〉を帽子からボタンにいたるまであしらうことがふつうになった。いわば,記章というものは,近代社会におけるトーテムなのである。
しかし,記章によってその所属集団をあきらかにするという習慣は,1950年代以降,衰退してきた。一つには,企業や学校が記章の着用を強制しなくなったからでもあるが,他方では,所属集団による束縛感からの解放を求める傾向が一般化したからであろう。現代社会での記章はその意味で,潜在化したトーテムとなったのである。なお,徽章とも書くが,徽は旗じるしの意。また,金属製のものをメダル,布製のものをリボン,胸ポケットなどに縫いつけるものをワッペン(ドイツ語で紋章の意)などと一般に呼びならわしているが,英語のバッジbadgeはこのいずれをもさす。
→勲章 →紋章
執筆者:加藤 秀俊
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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