キオス島の虐殺(読み)キオストウノギャクサツ

デジタル大辞泉 「キオス島の虐殺」の意味・読み・例文・類語

キオスとうのぎゃくさつ〔‐タウのギヤクサツ〕【キオス島の虐殺】

《原題、〈フランス〉Scènes des massacres de Scio》ドラクロワの絵画。カンバスに油彩。19世紀のギリシャ独立戦争において、トルコ軍がキオス島民を虐殺したという事件を題材とした作品。パリ、ルーブル美術館所蔵。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「キオス島の虐殺」の意味・わかりやすい解説

キオス島の虐殺
キオスとうのぎゃくさつ
Scènes des massacres de Scio

フランスの画家ドラクロアが 1824年のサロンに出品した油絵。 417× 315cm。ルーブル美術館蔵。ギリシア独立戦争の史実とは多少異なるが,キオス島でトルコ兵によってギリシア人2万人が虐殺された無残な事件を描く。ダビッド流の古典主義絵画に終焉をもたらすとともに,ロマン主義絵画の確固たる地歩を築いた作品。

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デジタル大辞泉プラス 「キオス島の虐殺」の解説

キオス島の虐殺

フランスの画家ウジューヌ・ドラクロワの絵画(1824)。原題《Scènes des massacres de Scio》。19世紀のギリシャ独立戦争において、トルコ軍がキオス島民を虐殺したという事件を題材とした作品。パリ、ルーヴル美術館所蔵。

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