内分泌攪乱物質(読み)ナイブンピツカクランブッシツ

デジタル大辞泉 「内分泌攪乱物質」の意味・読み・例文・類語

ないぶんぴつかくらん‐ぶっしつ【内分泌×攪乱物質】

環境ホルモン

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内科学 第10版 「内分泌攪乱物質」の解説

内分泌攪乱物質(内分泌系の疾患)

(1)概念・定義
 産業廃棄物などによる化学物質の環境汚染が,ヒトや野生動物の体内の正常ホルモン作用を攪乱して,生殖異常をはじめとするさまざまな健康障害が世代をこえてもたらされる可能性が懸念されている.体内に入り,正常なホルモンの活動を阻害する(内分泌攪乱)作用をもつ外因性物質を内分泌攪乱物質と定義する.環境に存在してあたかもホルモンのような作用をもつという意味で“環境ホルモン”という言葉でもよばれている.具体的には,生殖機能に悪影響を及ぼす可能性やホルモン依存癌を引き起こすなどの可能性がある.内分泌攪乱物質の多くはエストロゲン様作用を示すもので,残りの大多数はアンドロゲン作用に拮抗する物質である.広義には必ずしも体内ホルモンへの影響は明確でなくても生殖系以外に免疫機能,発癌,神経系など種々の身体異常をきたす可能性のある環境化学物質も含めて呼称されている.一般に脂溶性であるため,体内に蓄積しやすく分解されにくいため半減期が長い.ちなみにダイオキシン類のなかで最も毒性の強いテトラクロロジベンゾジオキシン(tetrachlorodibenzodioxin:TCDD)とよばれる物質の半減期は7~9年である.また,食物連鎖により濃縮され,最高位に位置するヒトでは摂取濃度が高くなる特徴がある.
(2)種類
 大きく以下の3種類に分類される.
1)自然界に存在する物質:
植物エストロゲンが代表であり,エストロゲン様作用と抗エストロゲン作用の二面性がいわれている.その代表がイソフラボンなどのフラボノイドであり,実際にエストロゲン受容体(estrogen receptor:ER)との結合能が示されている.1940年代にオーストラリアにおいて,多くの妊娠したヒツジや仔ウシの死産や異常分娩が認められたが,牧草のクローバーに含まれている食物エストロゲンが原因と推定されている.
2)医薬品:
合成エストロゲン製剤のジエチルスチルベストロール(diethylstilbestrol:DES)が代表である(後述).
3)環境汚染物質:
狭義にはこのグループがいわゆる内分泌攪乱物質に相当する.環境省ダイオキシン類に代表される65の化学物質を疑い物質としてその候補にあげている(柳瀬,2010).
(3)作用様式
1)性ホルモン受容体との直接作用によるもの:
DESなどの合成エストロゲン製剤や,エストロゲン活性を有し,ERに作用するDDT(殺虫剤),フタル酸エステル類(プラスチックの可塑剤)などがこの範疇に入る.一方,殺菌剤のビンクロゾリンはアンドロゲン受容体(androgen receptor:AR)拮抗薬として作用し,抗アンドロゲン作用を発揮する.
2)ほかの受容体を介する作用:
ダイオキシン類はアリール炭化水素受容体に結合して,結果としてホルモン様作用を発現する.
3)ステロイド合成や代謝への影響を介した作用:
ステロイド合成を刺激したり,その代謝を阻害したりすることにより,内分泌攪乱作用を発揮するものである.たとえば,除草剤のベノミルにはエストロゲン合成酵素(アロマターゼ)活性促進作用を認める.
(4)リスク評価とスクリーニング系
 生態系への実際の影響やin vitroでの作用,動物実験における毒性評価などを総合的に判断してリスクが評価される.化学物質の作用は,生体内分布,半減期,体内代謝などによって左右される.用量-反応関係において,ビスフェノールAは従来の毒性試験で影響がないと考えられていたきわめて低用量でも作用するとの報告がなされたが,追試研究では必ずしも肯定されていない.一方,内分泌攪乱物質の確立されたスクリーニング系やリスク検定法はないのが現状であるが,たとえばエストロゲン作用は乳癌細胞(MCF-7)の増殖能,ERへの結合や転写活性への影響,アロマターゼ活性の阻害,亢進の有無,メダカのメス化(ビテロケニンの産生)などを指標に評価が行われている.最終的に動物への投与により毒性,奇形,発癌,生殖器への作用(子宮重量や精子数)によって評価される.
(5)生態系での内分泌攪乱物質の事例
 船体塗料などに使用されているトリブチルスズなどの有機スズ化合物はイボニシなどの海産巻貝のメスにペニスや輸精管を生じさせる(インポセックス).この機序として有機スズによるアロマターゼ活性の抑制が報告されている.またフロリダのアポプカ湖ワニのペニスの異常は,殺虫剤のp,p-ジクロロジフェニルトリクロロエタン(p,p-dichlorodiphenyltrichloroethane:p,p-DDT)の分解物質であり男性ホルモンの働きを阻害するp,p-ジクロロジフェニルジクロロエチレン(p,p-DDE)の汚染によることが明らかになっている.DDTは難分解性で疎水性が高いため環境中での残留性が高く,汚染された河川や土壌を介して魚類や鳥類に蓄積し,食物連鎖の末にヒトの口に入ることになる.また,除草剤として使用されているアトラジン,シマジンはアロマターゼ活性の刺激に伴うオス両生類のメス化が野生のカエルの減少に関連していると推定されている. ヒトへの影響は不明な点が多い現状であるが,唯一,DES症候群はヒトへの影響を明確に示した事例といえる.DESは強力なエストロゲン作用をもつ合成エストロゲン製剤であり,1940年から約30年の間,北米,南米,欧州で約500万人の妊婦に対して切迫早流産治療目的で使用されていたが,その子どもたちが性的に成熟した時期に生殖器の発育異常や癌,男児の停留精巣,精子数減少などが数多く報告された.DESの新生児期の一過性投与でエストロゲンの標的遺伝子プロモーターのメチル化状態が変化し,持続的な遺伝子発現が誘導されたものと考えられている.またベトナム戦争最盛期,アメリカ軍が上空から散布した枯葉剤中のダイオキシンが退役軍人たちにおけるその後の癌の多発や生まれた子どもの奇形などの多発との因果関係が示唆されている.そのほか,内分泌攪乱物質の何らかのヒトへの影響が疑われている事象に,精子数の減少(減少そのものに議論がある),精巣癌,乳癌,子宮内膜症の罹患率増加などがあるが,明確な証明はない.[柳瀬敏彦]
■文献
柳瀬敏彦:内分泌攪乱物質.治療,92:2663-2666,2010.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「内分泌攪乱物質」の意味・わかりやすい解説

内分泌攪乱物質
ないぶんぴつかくらんぶっしつ
Endocrine Disruptors

生物の内分泌系ホルモンと同様の微量で影響を及ぼし,生体に有害な作用を引き起こすとされる外因性の化学物質。環境ホルモンとも呼ばれる。 1950年代から欧米で注目されていた発生異常や生殖異常について,1996年,世界自然保護基金 WWFアメリカの科学顧問シーア・コルボーンらの著書『奪われし未来』で化学物質に起因する可能性が指摘され,世界の関心事となった。異常があるとされた生物は軟体動物 (貝) ,爬虫類,鳥類,哺乳類などで,ヒトでも精子減少,子宮内膜症などとの関係が疑われた。それまでの化学物質の毒性の概念をこえたごく微量でも生理作用に悪影響を及ぼすという主張のため,経済協力開発機構 OECDや世界保健機関 WHOや各国の環境担当行政組織が調査研究を始めた。日本の環境庁 (現環境省) も 1998年,「環境ホルモン戦略計画 SPEED98」を策定,野生生物の実態調査や魚やマウスに疑われる物質を与えて影響をみる試験が進められた。 2005年までに,28種の化学物質について評価,貝に生殖器異常を起こす有機スズ化合物やメダカに内分泌攪乱作用を有する4ノニルフェニールなど3種の物質を確認したが,哺乳類であるマウスに対して内分泌攪乱作用をもった物質は確認できなかったため,環境省では,自然界の異変情報を継続的に収集するという立場に切り替えた。世界でも同様の状況であり,ヒトに対して内分泌攪乱作用をもつ物質はいまだわかっていないが,増える一方の化学物質に対し,新しい影響の可能性を指摘した意味は大きい。

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