クラストル(読み)くらすとる(英語表記)Pierre Clastres

日本大百科全書(ニッポニカ) 「クラストル」の意味・わかりやすい解説

クラストル
くらすとる
Pierre Clastres
(1934―1977)

フランスの民族学者、政治人類学者。パリに生まれる。ソルボンヌ大学ヘーゲルスピノザを研究し哲学を修め、その後アルフレッド・メトロ Alfred Métraux(1902―1963)の指導のもとに南アメリカをフィールドにした政治人類学研究を開始。1965年に国家博士論文「遊牧部族の社会生活――パラグアイのグアヤキ・インディアン」La vie sociale d'une tribu nomade; les Indiens Guayaki du Paraguayで学位取得、その後高等研究院教授となる。1977年7月に自動車事故で他界

 南米での数々の滞在研究(1963~1964年パラグアイのグアヤキ、1965年同グアラニー、1966、1968年同チュルピ、1970~1971年ベネズエラのヤノマモ、1974年ブラジルのグアラニー)を通じて、それまでの伝統的な未開社会像を180度転回させる峻烈な哲学的問いかけを展開した。マルクス主義などの旧来の政治権力論に抗して、経済下部構造なのではなく支配―被支配の政治的分化こそが搾取基礎づけるとし、未開社会を服従と支配の関係を意志的に拒否する社会であると主張。パラグアイの遊牧民と1年間生活し、その日常生活、歴史、儀式神話、文化、食人習慣を描写した『グアヤキ年代記』Chronique des Indiens Guayaki(1972)、未開社会は無能力のゆえに国家をもてないのではなく「もたない」社会だと主張して大きな反響をよんだ論文集『国家に抗する社会』La Société contre l'État; Recherches d'anthropologie politique(1974)、神々に語りかける聖者の「美しき言葉」と神話を編纂した『大いなる語り――グアラニー・インディアンの神話と聖歌Le Grand Parler; Mythes et chants sacrés des Indiens Guarani(1974)など、一貫して西欧の進化論的な自民族中心主義(自分の属している社会の価値座標を絶対的優位とし、異なるものを劣等とみなす態度)を批判し、あるべきものの欠如としてこれまで否定的に呈示されてきた未開社会への数々の視点を転覆した。これにより信仰、法、王の存在しない動物的社会とみなされてきた未開社会は、その劣等性や欠陥のゆえに歴史、文字、市場経済、労働、国家をもつことができない未成熟社会などではなく、自由の喪失をもたらす社会変化と過剰労働を拒み、伝統的な生活規範を賞揚するだけの「言葉の人」たる首長が強制力をもつことを許さず、権力の道具たる文字や市場経済が不要の自給自足的で命令なき社会であるとされた。

 1977年にフランスの政治哲学者ルフォールらと『リーブル』Libre誌を創刊し「暴力の考古学」Archéologie de la violence; La guerre dans les sociétés primitives(1977)を発表。動物的攻撃性や食糧争奪あるいは集団間の財、奉仕、女性などの交換の失敗によって説明されてきた戦争を、未開社会がその本来のあり方(命令と服従、富者と貧者の階級分化のない社会)を維持する機能だと主張。続く「未開戦士の不幸」Malheur du guerrier sauvage(1977)では、戦士集団を擁した社会は戦士の武勲を賞賛するが、同時に権力者となる可能性のある戦士を社会外に放出する機構を巧妙に配備していると分析した。没後『政治人類学研究』Recherches d'anthropologie politique(1980)、南米チャコ平原の先住民に題材をとった『チュルピ・インディアンの神話』Mythologie des Indiens Chulupi(1992)刊行。前者には、先住民ヤノマモとの交流を感動的に描いた滞在記、西欧の自民族中心主義が異民族文化抹殺ethnocideに直結するのは生産と搾取を最大限に追求して「他者」と自然を無際限に破壊する「資本主義機械」のためであるとする論考、フランスのモラリストでモンテーニュの友人のラ・ボエシーÉtienne de La Boétie(1530―1563)やアメリカの人類学者サーリンズMarshall Sahlins(1930―2021)の著作に寄せた文章などが含まれている。

[毬藻 充 2018年11月19日]

『渡辺公三訳『国家に抗する社会』(1987・水声社)』『毬藻充訳『大いなる語り――グアラニ族インディオの神話と聖歌』(1997・松籟社)』『毬藻充訳『暴力の考古学――未開社会における戦争』(2003・現代企画室)』『毬藻充訳『グアヤキ年代記――遊動狩人アチェの世界』(2007・現代企画室)』『Recherches d' anthropologie politique(1980, Seuil, Paris)』『Mythologie des Indiens Chulupi(1992, Peeters, Louvain)』『Miguel AbensourL'esprit des lois sauvages; Pierre Clastres ou une nouvelle anthropologie politique(1987, Seuil, Paris)』

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