日本大百科全書(ニッポニカ) 「クルーガー」の意味・わかりやすい解説
クルーガー
くるーがー
Barbara Kruger
(1945― )
アメリカの美術家。アプロプリエーション系のフェミニズム・アーティスト。ニュー・ジャージー州生まれ。1980年代を通して大衆メディアにおけるナルシスト的な女性のイメージを批判した。ニューヨークのシラキュース大学美術科、パーソンズ・スクール・オブ・デザインで美術とデザインを学び、『マドモアゼル』Mademoiselle誌のチーフ・デザイナー、『ハウス&ガーデン』House & Garden誌のデザイナー、アート・ディレクターなどを経て1980年代初めからアーティストとしての活動を開始した。
作品では、雑誌や新聞からとられた顔のイメージが、シルクスクリーンで転写され、広告や雑誌からのことばとともに再構成される。白黒写真、白や黒のボールド体でプリント・アウトされた文字、赤いフレームが作品のハードさ、ファッション性も備えた強烈なアジプロ(アジテーションとプロパガンダを組み合わせたことば)効果をつくる。そこでは、メディアが観客に「呼びかける」ために用いる幸福や美の幻想のイメージや言語が、模倣されたのち変形を受けることによって、その欺瞞(ぎまん)が暴露される。ひびの入った鏡のように分断された女性の顔に「あなたはあなた(ではない)」ということばが重ねられた作品では、広告が抱かせる美化された自己についての幻想が、再現される過程で破壊される。また、クルーガーの作品では、男性に見られ、快楽を与えることでその存在意義を全うする「女性」のイメージが拒絶され、同時に、そのようなイメージや考え方を助長させる道具としての映画や広告メディアが批判されている。それは、美術批評家ハル・フォスターHal Foster(1955― )によれば、映画批評家ローラ・マルベイLaura Mulvey(1941― )が1975年に発表した論文「視覚の快楽と物語的映画」Visual Pleasure and Narrative Cinemaにおける主張を、美術というメディアにおいて引き継ぎ、実践したものである。
クルーガーの選ぶメッセージは、「あなたは自分が差異だと感じるものを破壊する」「私たちは言語を盗みとるという義務を負っている」といった、観客に向けられた警告なのか、企業やメディアに向けられた挑戦なのかが、故意にあいまいにされる場合も多い。写真とことばのモンタージュは、しばしば看板やポスターとして公共の場に置かれたり、絵葉書として流通されたり、実際のプロテスト行動にも使われたりした。
その活動は、1960~1970年代に美術館という制度の権威主義を批判したマルセル・ブロータース、モダニズム絵画に特有の幾何学的デザインを旗などの実用的なものにつくりかえて、美術館の外の空間に持ち出したダニエル・ビュランDaniel Buren(1938― )、言語を作品に取り入れ「新しい美の発見」を中心とした美術館展示の価値観に疑問をなげかけたローレンス・ウィーナーLawrence Weiner(1942―2021)、ジョセフ・コスースなどコンセプチュアル・アーティストの批判性を引き継いでいた。同時に、日常生活に浸透するメディアの言語や消費活動を批判的に模倣することで、自分たちを取り込もうとする記号について観客の注意を促したルイーズ・ローラーLouise Lawler(1947― )、ダラ・バーンバウムDara Birnbaum(1946― )、アラン・マッカラムAllan McCollum(1944― )など、1980年代のアプロプリエーショニストの活動のなかでも、クルーガーの活動はもっとも大衆的な扇動力を備えたものだった。作品は、アフォリズム的な警告を、ポスターや看板、電飾メッセージなどにして、ニューヨークの各所や美術館のなかに設置したジェニー・ホルツァーの活動と近いところにある。1999年ロサンゼルス現代美術館で回顧展。
[松井みどり]
『Remote Control; Power, Cultures, and the World of Appearances (1994, MIT Press, Cambridge)』▽『Hal FosterSubversive Signs (in Recodings; Art, Spectacle, Cultural Politics, 1985, Bay Press, Seattle)』▽『Barbara Kruger, Kate LinkerLove for Sale; Words and Pictures of Barbara Kruger (1990, Harry N. Abrams, New York)』▽『Craig OwensThe Medusa Effect, or the Specular Ruse (in Beyond Recognition; Representation, Power, and Culture, 1992, University of California Press, Berkeley and Oxford)』▽『Ann Goldstein, Rosalyn Deutsche et al.Barbara Kruger (1999, MIT Press, Cambridge)』