日本大百科全書(ニッポニカ) 「ブロータース」の意味・わかりやすい解説
ブロータース
ぶろーたーす
Marcel Broodthaers
(1924―1976)
ベルギーの美術家、詩人、映像作家。ブリュッセル生まれ。幼いころより芸術全般に強い興味をもっていた。早くから詩を書き始め、16~17歳のころベルギーのシュルレアリストたちと知り合う。とりわけ、ベルギー在住の画家ルネ・マグリットとは親しく交流、マグリットの絵が挿入されたマラルメの詩集『骰子一擲(さいいってき)』Un coup de dés jamais n'abolira le hasard(1897)をプレゼントされ、そこに描かれている言語とイメージの乖離(かいり)に決定的な影響を受ける。ほかにもルイ・アラゴンらの詩を愛読した。1958年より自分で記事を書き写真を撮った個人誌を制作した。
長年詩作を中心に活動してきたブロータースが、一転して美術家としての活動を本格化させるのは1963年以降である。その活動は年代で1963~1968年、1968~1972年、1972~1976年の三期に大別して考えることができる。
第一期のなかで、もっとも重要な位置を占めるのが1964年、ブリュッセルのサン・ローラン・ギャラリーで開催された初個展である。ブロータースは同展に自作の詩集やコラージュ集の束を漆喰(しっくい)で塗り固めて開封不能とした台座形の作品『考える獣』を出品、言語と造形の境界線に関する鋭い意識を視覚化してみせた。ブロータースは以後も言語の問題を内包したオブジェ作品をつくり続けるが、元来が詩人であるためか、自作の詩をまとめることのできるアーティスト・ブックという形態を好み、「本というオブジェは私を魅して止まない。なぜならそれは禁止のオブジェだからだ」と述べ、アーティスト・ブックを多く制作した(1969年には、『骰子一擲』を題材にアーティスト・ブックを制作)。またこの時期の終わりには、しばしば映像制作も試みており、ラ・フォンテーヌへのオマージュとして制作された『コルボーとルナール』(1967)は本と映像によるインスタレーション作品であった。
次いで、第二期の中心を占めるのが1968~1969年に制作された『現代美術館――鷹の部』である。「偽の美術館」とも呼ばれるこの作品は、広告写真や本などに掲載されていた鷹のイメージを多数収集し、ショーケースに忍ばせたりスライド上映したりしたものであった。展示空間全体を作品に見立て、また美術館の展示方法をパロディーの対象とし、美術館のもつ収集・分類機能を批判するアイロニカルな意図をもったこの作品は、伝統的芸術概念を批判した先駆的作品である、デュシャンの『泉』(1917)と比較された。ブロータースはこの作品の制作、公開のために自宅を開放し、同様の試みをギャラリーや1972年のドクメンタ5(ドイツ、カッセル)の会場でも展開した。
長らく出身地であるブリュッセルを拠点としていたブロータースだが、1969年にはデュッセルドルフに転居、その後ベルリン、ロンドンと移り住んだ。第三期の展開はベルリン、ロンドンへの移住とほぼ並行しているが、この時期は新作の発表よりは過去の作品の再制作や回顧展などが活動の中心であった。1976年、個展(マルゾナ・ギャラリー、デュッセルドルフ)を開催中、ケルンで没した。
シュルレアリスム、デュシャン、コンセプチュアル・アートなど多くの動向や作家との接点があり、多様に解釈できる作家だが、その全体像にはまだ不明な点が多い。雑誌『オクトーバー』で組まれたブロータース特集(1987、秋号)はこの作家についての数少ない本格的研究である。
[暮沢剛巳]
『松井みどり著『アート――“芸術”が終わった後の“アート”』(2002・朝日出版社)』▽『Benjamin Buchloh et al. eds.Broodthaers (October, 1987 Fall, MIT Press, Cambridge)』