権力が,時に強制力の行使をも予定することによって,自己の優越性を人々に承認させるのに対し,権威はみずから有する価値を社会の大部分の人に自発的に承認されることによって成り立つ。人々は権威者に自発的に信従するだけでなく,自己を対象に積極的に同一化することによって,自己に欠如していると思われる威信を獲得し,補うことができると錯覚することがある。そこでは,権威者の価値体系に疑惑をもったり,不同意であることは反逆とみなされ,大部分の人から冒瀆(ぼうとく)であり罪悪であるとされる。このような思考様式を権威主義という。権威主義の成立は,支配者にとって権力の正統性なしに統治することの可能性を意味し,権力の不当な行使に対する批判を回避できる。そのために支配者は説得や宣伝を利用して権威主義的支配体制の成立につとめる。前近代的支配体制はつねに権威主義的支配体制であった。神聖ローマ皇帝の支配,法王の支配,家父長制,家産制などがあり,近代日本の天皇制もその範疇に含まれる。
近代以降,個人の自由・平等が自覚され,支配権力が国民全体を対象に統治せざるをえなくなると,権力の正統性の根拠なしには国民に対して説得力をもちえなくなり,権威主義的支配体制の確立は困難になる。しかし,近代において国民主権の基礎に立ちながらも,政治的指導者が絶対の権威をもって政治を支配する権威国家を形成したナチス・ドイツのように,権威主義的支配体制がなくなったわけではない。ナチスやイタリアのファシズムの台頭は,欧米の研究者の強い関心を引き起こした。C.E.メリアムは権威主義をつくりだした状況をクレデンダcredendaとミランダmirandaで説明した(《政治学原理Political Power》1934)。ミランダとは,芸術,儀式,歴史の美化,大衆動員などによる威力誇示によって大衆の情動に訴え,権力が神聖,壮大なもの,調和をもたらす美的なものとして正統化される状況である。クレデンダとは,ミランダに比して知性に訴える点に相違があり,権力が尊厳,服従,犠牲などの対象となり,神による授権,卓越した指導力の表現,なんらかの合意形成手段による多数意見に依拠するとの理由から,正統性が独占される状況である。またE.フロムはドイツの中産階級の社会的性格の研究をとおして,近代社会で生みだされた〈自由〉は消極的な〈……からの自由〉であって,積極的な〈……への自由〉ではないと説く(《自由からの逃走Escape from Freedom》1941)。近代的自由の一面には個人の孤独化と無力化があり,そこから逃避することによって,権威主義,破壊性,機械的画一性などの心的作用が現れるとする。権威主義は被支配者の思考様式の問題である。たとえ制度としては民主制機構を採っていても,被支配者の大部分が権威主義的思考様式をとる限り,権威主義的支配はその威力をふるう。
執筆者:下斗米 伸夫
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一般的には、さまざまな社会現象に対して特定の権力と威光とを有するものをよりどころとして判断し行動をとる意識とパーソナリティーの結合を意味するが、社会科学的には、そのような意識とパーソナリティーとの結合が「どのような社会に、なぜ」生成するのかという点こそが、このことばの用いられる重要な根拠である。なぜなら、権威主義の社会的態度は、政治的には民主主義に反対する意味において「非民主的」であり、心理的には合理主義に反対する意味において「非合理的」であるからである。こうして、非民主的で非合理的な意識とパーソナリティーの結合体が典型的に生成してくるのは、ファシズムの社会である。現代社会をその内容において支える民主主義の諸制度と合理主義的な人間像とが、なんらかの理由で弱体化し危機に瀕(ひん)するとき、そこに権威主義の問題性が浮かび上がってくるといってよい。
権威主義を特徴づけるものは次の点である。
(1)判断の根拠の外在性 それは権力者であり、恭順の対象としての権威として、つねに自己の外部に存在する。
(2)パーソナリティーの統合の不在 欲望と情動はつねに不安の影に脅かされている。
(3)サド・マゾヒズム 自分より「上位」の者に対しては無条件的かつ被虐的に服従し、自分より「下位」にある者に対しては全面的かつ加虐的な支配と攻撃の態度をとる。
(4)ステレオタイプ 社会は単純な縦の上下関係によってとらえられ、社会現象はすべて善悪、優劣、強弱、白黒に両極化されてとらえられる。
それは、また、社会構造のなかでの客観的な位置の不安定性および自我の弱さに適合する社会的態度といってよいであろう。したがって、権威主義についての分析と研究は、フロムやアドルノらのそれにみられるように、典型的に高度資本主義社会における中産階級の人々の意識とパーソナリティーの結合へと焦点化されていた。それは、しかし、ワイマール体制の崩壊からヒトラー・ナチスの制覇に至るまでのドイツ中産階級の分析に局限されることなく、等しくファシズムへの途を歩んでいったイタリアや日本の中産階級の社会的態度の分析と研究としても深められなければならないものであろう。権威主義は、それ自体、ファシズム、自民族中心主義(エスノセントリズム)、排外的愛国主義(ショービニズム)などの反民主主義の合流点であり、同時に、現代資本主義社会の諸矛盾をそれらへと媒介する結節点なのである。
[田中義久]
『T・W・アドルノ他著、田中義久他訳『権威主義的パーソナリティ』(1980・青木書店)』▽『E・フロム著、安田一郎訳『権威と家族』(1977・青土社)』
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