〈消費社会〉という言葉が用いられるようになったのは,ごく最近のことである。消費者社会consumer societyともいう。物を大量に消費できるようになった社会という意味での消費社会の出現は,どれほどさかのぼっても19世紀後半といってよい。おそらく最初に消費社会consumptioncommunitiesという言葉を使ったD.ブーアスティン(《アメリカ人》第3部,1973)も,アメリカの消費社会化を19世紀後半とみている。アメリカがいち早く消費社会化した後で,20世紀に入ってから西ヨーロッパ諸国も消費社会の時代に入る。そして,だれの目にもはっきりと消費社会の姿がとびこんでくるのは,第2次大戦以降である。日本では,1960年以降の高度成長期が消費社会を成立させたといえるだろう。こうして資本主義経済体制下にある高度産業社会が消費社会とよばれているが,なぜとりたてて消費社会とよばねばならないのだろうか。消費行動は,生産と同様に,人類の歴史とともに古く,いつの時代にも,人間は消費行動をする。といって,かつて消費社会があったとはだれもいわない。それは消費の社会的機能が昔と今では違っているからである。
消費行動には二つの型がある。一つは,人はパンなしには生きられないというように,生理的欲求を満たす行動である。人類の歴史とともに古い消費は,この型の消費である。もう一つの消費は,身体的欲求の充足ではなく,いわば文化的欲望を満たす消費である。人は自分の社会的地位の高さを誇示したり,他人との差異をめだたせるために,物を買い消費する。この場合,物はその有用性や機能で評価されるのではなく,社会的な象徴機能で評価される。ごく図式的にいうと,先進資本主義国における19世紀前半までの消費は第1の型であり,現代の消費は第2の型である。
文化的欲望につき動かされる消費は,儀礼的消費ともよばれる。自分の社会的地位と威信を他人に見せびらかすために物をぜいたくに浪費する。経済学者T.B.ベブレンはこれを衒示(げんじ)的消費とよび(《有閑階級の理論》1899),人類学者や社会学者は象徴交換としての消費とよぶ(たとえば,J. ボードリヤール《象徴交換と死》1976)。北米インディアンのポトラッチはその典型である(M. モース《贈与論》1924)。儀礼的消費は古くからあるが,たいていは特権階級に限られていたし,特定の時期と場所に限って行われた。ところが現代の消費社会では,ふつうの人々が日常的に衒示的消費を行うことができる。消費の民主化とともに,大量の物が儀礼的に浪費される。しかも身体的必要を満たす消費を圧倒するほどに象徴交換的消費が全面化するところに,現代消費社会の新しい特徴がある。こうして物が象徴として機能し記号化されるとともに,人間も記号化されるようになる。流行に次ぐ流行が人々にめまいをおこさせる。
物の豊かさは,豊かさの一部でしかない。生活の豊かさとは,多様な物を使って画一的でない個性的な生活を創造することであろう。消費社会は,あり余る物をもっているが,流行が示すように生活を画一化する傾向がある。マス・メディアによって操作される消費生活は,管理社会を強化することにもなる。物の浪費とともに人間の浪費も進む。史上最高の消費社会は豊かな生活の可能性をもたらしたが,豊かさが真に実現されるためには,物や人間の記号化と流行的画一化に抗して,各人が創意を発揮して個性的な生活をつくりあげていかねばならない。ポスト消費社会の課題は,生活内容の多様性の実現であるといえる。
かつて労働と消費ははっきりと分離していたが,現代では労働と消費の区別がつかなくなっている。消費社会での労働は消費活動に似てくるし,余暇の利用も労働めいてくる。そして,画一的な消費と労働の背後で,人間の精神生活の空虚化が進行する。生活内容の立直しは,どんなに困難であっても,労働のあり方を変えることと結びつく。近代以後の労働は,人類がかつてもっていた豊かな創造力を喪失したのかもしれない。歴史学や人類学が過去の労働生活を再現しようとしているのは,空疎化した労働への危機意識があるからである(たとえば,M.D. サーリンズ《石器時代の経済学》1972)。このようにわれわれは,消費社会とともに,途方もなく大きい課題にぶつかっている。人類の祖先の努力を内面から理解する必要に迫られるようになったのも,消費社会のおかげかもしれない。労働と消費への反省的考察は,今ようやく始まろうとしている。
執筆者:今村 仁司
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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