ゲルマン民族大移動期に勢威を示したゴート人の言語。インド・ヨーロッパ語族ゲルマン語派の東ゲルマン語に属する。4世紀なかばに西ゴート人の司教ウルフィラがギリシア語から翻訳した聖書は、「福音(ふくいん)書」や「パウロ書簡」などのかなりの部分が残っていて、ゴート語の構造をまとまった形で表す唯一の資料となっている。これはさらにゲルマン語全体を通じての最古の長文資料であるから、比較言語学上きわめて貴重な文献と評価されている。そのほかゴート語の少数の固有名詞や若干の断片的な文献が伝えられているが、東西のゴート王国の消滅によってこの言語も死語になった。ただし、ウクライナのクリミア半島には、16世紀まで少数のゴート人が生存していたので、言語に関してわずかの記録がある(約60語)。
ウルフィラは、聖書翻訳にあたって、27文字を考案したが、ギリシア文字を主とし、ラテン文字とルーン文字を少数利用している。ゴート語聖書の写本は5~6世紀のものが残存しているが、「銀字本」(コーデックス・アルゲンティウスCodex Argentius)とよばれるものがもっとも有名で、スウェーデンのウプサラ大学に保管されている。ゴート語の名詞、代名詞、動詞などの変化語尾は、のちに現れたゲルマン諸語の文献(8世紀の古代英語、ドイツ語など)に比べて複雑であるが、時制や文の構造などは簡単である。また他のゲルマン語との関係では、北ゲルマン語と文法上の共通点がかなりみいだされる。
[塩谷 饒]
『高橋輝和著『ゴート語文法入門』(1982・クロノス)』
インド・ヨーロッパ語族のゲルマン語派のうち東ゲルマン語に属し,現在は死語となっている。ゴート語の話し手であるゴート人は,1世紀の初めころまでに,南スウェーデンからバルト海をはさむ対岸のビスワ河口地帯に移住し,さらに東ゴート,西ゴートに分かれて南下し,2世紀の中ごろには黒海沿岸に到達したが,ゴート人のこのような早い時期におけるギリシア文化圏との接触により,4世紀の中ごろには西ゴートの司教ウルフィラによって聖書がギリシア語からゴート語に翻訳された。この聖書は,現在残されているゴート語資料の主要な部分をなしている。ゴート語の他の資料としては,スキーリーンスと呼ばれるヨハネ福音書注解の断片,ゴート語のカレンダーなどきわめてわずかなものしか残っていない。また,時代は下るが,16世紀に入って,クリミア半島のゴート語86語が記録されている。ゴート語はその記録の古さから,特に文法の面で,ゲルマン語の多くの古い特徴を残している。
執筆者:斎藤 治之
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…インド・ヨーロッパ語族の中の一語派であり,一般的には東ゲルマン語,北ゲルマン語(ノルド語),西ゲルマン語の三つに区分される。 東ゲルマン語には,1世紀の初め頃にすでにオーデル川の東に住んでいた,ゴート族,バンダル族,ブルグント族,ルギ族,ゲピード族などの東ゲルマン人の言語が属するが,文献として残されているのはゴート語のみであり,他は若干の固有名詞を残しているにすぎない。東ゲルマン語は現在では死語となっている。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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