話し手を失い,文献にしか残っていない言語。民族や人種の存亡と言語のそれとは本質的に別個の問題であるが,具体的な歴史のなかでは完全に死滅してしまった言語も多い。たとえば,ローマが繁栄する以前に有力であったエトルリア人の言語(エトルリア語)は,墓碑銘など多くの資料を残しながらもラテン語に征服されてしまった。小アジアでも前2000年代から長い間にわたって,ヒッタイト語をはじめとするいくつものインド・ヨーロッパ語が話されていたが,その後,アラビア語,トルコ語に圧倒され,現在ではイラン語系の遊牧民であるクルドの言語が生きているにすぎない。
言語が死滅する過程には,その話し手が政治的に一挙に壊滅してしまう場合と,徐々に征服されていく場合がある。後者の場合には話し手は母語のほかに支配勢力の言語を習得する,いわゆる二重言語使用の状態がみられる。カエサルが現在のフランス,古代のガリアの地を占領したころには,そこにはケルト語系(ケルト語派)の話し手が定住し,その勢力はイベリア半島にまで及んでいた。ところが数世紀の間にその言語はラテン語に吸収され,消滅した。現在この系統の言語はアイルランド,ウェールズ,それにフランスのブルターニュ地方にわずかに残っているが,その話し手はそれぞれ英語,フランス語との二重言語使用者である。またフランスとスペインの国境地域に話されているバスク語も,同じ運命に立たされている。日本におけるアイヌ語,台湾の高山(こうざん)族の母語であるアウストロネシア系の言語も,今や少数の使用者によって支えられる貴重な言語である。
定住地を失った人たちが長い放浪生活を経ながらも母語を忘れない場合がある。ジプシーがそれである。彼らは10世紀ごろに故郷である北インドをはなれ,現在まで西に向かって旅し,ヨーロッパ各地に分散している。その言語は途中で多くの外来語を借用しているものの,やはり本来のインド・アーリヤ系の言語であることに変りはない。
執筆者:風間 喜代三
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文字記録のみを残して、実際に話されなくなった言語。厳密には、口頭語だけでなく、文字言語としても使用されなくなった言語のことをいう。たとえば、古代メソポタミアおよびその周辺地域で楔形(くさびがた)文字の記録を残すシュメール語、アッカド語、ヒッタイト語、フルリ語、ウガリト語、そのほか聖刻文字で知られる古代エジプト語、ヒッタイト象形文字言語、クレタのミノア文字言語、古代インダス文字の言語、古代イタリアに栄えたエトルリア語などは、すべてこのような死語である。これらのなかには文字あるいは言語そのものも未解読のものが少なくない。
他方、古典中国語やギリシア語、ラテン語、あるいは古代インドのサンスクリット語、古典アラビア語などは、実際には話されなくなっているけれども、宗教や学問の言語として生き続けており、またこれと同源の話しことばが、たとえばラテン語に対するロマンス語のように、別の形で存続しているので、完全な死語とはいえない。
[松本克己]
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