ゲルマン語派(読み)げるまんごは

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ゲルマン語派」の意味・わかりやすい解説

ゲルマン語派
げるまんごは

インド・ヨーロッパ語族の一語派。英語、フリジア語、オランダ語、ドイツ語、アイスランド語フェロー語ノルウェー語デンマーク語スウェーデン語などを含み、現在約5億の人が広い地域で使用している大言語群である。これらの言語は、紀元前2000年ごろからインド・ヨーロッパ語族のなかで分岐し始めたゲルマン祖語より歴史的に異なった変化を経たもので、構造や語彙(ごい)に多くの類似や規則的な対応が認められる同系の親族語である。とりわけ、前記アイスランド語以下の五つは近い関係にあり、まとめて北ゲルマン語とよばれる。ゲルマン祖語の記録は存在しない。すなわち、ゲルマン語の最古の記録は断片的で、前3世紀~前1世紀と推定される碑文や、カエサルタキトゥスプリニウスなど、ローマ古典期の著者が書き留めた単語や名前が伝わっている。また、200~600年にルーン文字で刻まれた原始(細分化以前の)北ゲルマン語の碑文も各地でみいだされている。いちばん古いまとまった文献は、ウルフィラが4世紀なかばに翻訳したゴート語聖書(の部分)であるが、古代英語では約700年、古代高地ドイツ語では約750年、古代低地ドイツ語では約850年、そのほかの言語ではずっと遅く、12世紀から14世紀初めになって長文の記録が現れた。ゲルマン祖語は、これらのすでに分岐したゲルマン諸語の最古の語を比較して再構した推定の形態であるが、ラテン語文献に記された古いゲルマン語の単語やフィンランド語中の借用語などから立証される場合もある。いずれにせよ、ゲルマン諸語の最古の段階には、共通した特色がはっきり認められるので、それが生ずることによって祖語が成立し、インド・ヨーロッパ語族中の他の語派から分離したと考えられる。

 その特色のおもなものとして、(1)語幹に強音(アクセント)が固定したこと、(2)閉鎖音の体系の組み替え、があげられる。(1)の結果、強音のない語末の音が弱まり、さらに消失し、近代ゲルマン諸語における語形簡略化の要因となった。(2)はp、t、kがf、θ、hに、b、d、gがp、t、kに、またbh、dh、ghがb、d、gに変わったことで、第一次子音推移とよばれる現象である。

 ゲルマン語派は、先に述べた北ゲルマン語に加えて、東西のグループを認め、三つに分類されることが多い。東ゲルマン語はゴート語によって代表されるが、史上からすべて消えた。西ゲルマン語に数えられる諸語のなかでは、フリジア語と英語は密接な関係にあり、ドイツ語には古代から高地、低地の二大方言群が存在している。オランダ語は低地ドイツ語に属した方言から独自の言語に発達したものである。ただし、西ゲルマン語には分岐のもとになった祖語の存在が認められず、これらの言語が直線的に分かれてきたとは考えられない。実は、キリスト生誕前後には、北ゲルマン語、東ゲルマン語に属する種族のほかに、北海―ウェーザー・ライン川間、エルベ河畔の3ゲルマン種族が存在していた。英語とフリジア語はおもに北海のグループから発達した言語であるが、ドイツ語は残りの二つを主とし、北海の群の一部を加え、相互の影響のなかから5世紀以来成立していったと推定される。北、東および、いわゆる西ゲルマン諸語間の相互作用も認められている。

 現在のゲルマン諸語はそれぞれ独自の歴史的変化を経たので、相違点も目だつ。アイスランド語は古い時代の語尾を保ち、語彙もほかから影響を受けていない。ドイツ語は古くから語尾を簡略化したが、なお格や人称語尾は複雑で、造語力は非常に強い。英語は多くの語尾を消失し、語彙にもなかばに及ぶラテン語系・フランス語系単語を取り入れた。オランダ語の構造はドイツ語に近い反面、語尾の点では英語にも近い。また高地ドイツ語には、他のゲルマン語全体から区別される子音の変化がおきた。なお南アフリカ共和国では、オランダ語から生じたアフリカーンス語が英語とともに話されている。東欧では最近までユダヤ人間の共通語として、ドイツ語をもとにヘブライ語系語彙を混入したイディッシュが使用されていた。

[塩谷 饒]

『浜崎長寿著『ゲルマン語の話』(1976・大学書林)』『塩谷饒著『ゲルマン語』(服部四郎編『言語の系統と歴史』所収・1971・岩波書店)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ゲルマン語派」の意味・わかりやすい解説

ゲルマン語派
ゲルマンごは
Germanic languages

インド=ヨーロッパ語族の一つの語派。現代語では英語,ドイツ語,オランダ語,フリースラント語 (フリジア語) ,デンマーク語,ノルウェー語,スウェーデン語,アイスランド語などが含まれる。グリムの法則と呼ばれる子音推移がゲルマン祖語の時代に起ったことで特徴づけられる。従来,北ゲルマン語群 (ノルウェー語,スウェーデン語,デンマーク語,アイスランド語) ,東ゲルマン語群 (死語のゴート語,バンダル語など) ,西ゲルマン語群 (さらに英語,フリースラント語のグループとドイツ語,オランダ語のグループに分けられる) の3分法が支配的であったが,西ゲルマン語群内に不一致な点があることなどから,最近は系統関係が考え直され,まだ定説をみない。

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