サストロアミジョヨ(読み)さすとろあみじょよ(その他表記)Ali Sastroamidjojo

日本大百科全書(ニッポニカ) 「サストロアミジョヨ」の意味・わかりやすい解説

サストロアミジョヨ
さすとろあみじょよ
Ali Sastroamidjojo
(1903―1975)

インドネシア政治家。1927年オランダのライデン大学在学中に独立運動に参加し逮捕される。1928年帰国、スカルノ議長とするインドネシア国民党幹部として入党。1947年教育相、1950年駐米大使を経て1953年首相に就任。1955年4月の第1回アジア・アフリカ会議バンドン会議主催に象徴される中立外交を推進したが、軍部との対立辞職。1956~1957年第二次内閣。1961年暫定国民協議会副議長。1965年の「九・三〇事件」のあおりを受け、1967年解任された。

[黒柳米司]

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367日誕生日大事典 「サストロアミジョヨ」の解説

サストロアミジョヨ

生年月日:1903年5月21日
インドネシアの政治家,左翼民族主義者
1975年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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