百科事典マイペディア 「サマセット公」の意味・わかりやすい解説 サマセット公【サマセットこう】 英国,宗教改革期の政治家。ヘンリー8世の3番目の妻ジェーン・シーモアの兄。ヘンリー8世のもとで対スコットランド侵略の実行にあたり,高位に昇進した。1547年甥のエドワード6世が未成年で王位を継承すると摂政に就任。礼拝統一法の制定,共通祈祷書の採用,小礼拝堂財産の没収など,カンタベリー大主教クランマーらと組んで英国国教会の急進的な改革を進め,国内の反対を強めた。理想主義的な肌合いが強く,それが政敵ウォリック伯ジョン・ダッドリー(のちのノーザンバーランド公)に乗じるすきを与え,1549年摂政の座を追われたうえ,処刑された。 出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報 Sponserd by
改訂新版 世界大百科事典 「サマセット公」の意味・わかりやすい解説 サマセット公 (サマセットこう)Edward Seymour, Duke of Somerset生没年:1506?-52 イギリスの政治家。ヘンリー8世の第3番の妃ジェーン・シーモアの兄。1537年ハーフォード伯。47年エドワード6世の摂政,公爵。急進的なプロテスタント改革を断行,49年礼拝統一法の施行,礼拝堂財産の没収などにより国内の反乱をあおった。政治家としては理想家肌であったが,結果としてはそれが裏目に出た。50年政敵ウォリック伯(のちノーサンバーランド公)のため摂政の座から追われ,52年刑死。執筆者:越智 武臣 出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報 Sponserd by