日本大百科全書(ニッポニカ) 「じゃ香」の意味・わかりやすい解説
じゃ香
じゃこう / 麝香
musk
動物性香料の代表的なもの。ヒマラヤ山系を挟んでチベット、雲南、四川(しせん)、インド、ネパールなどの山岳地帯に生息するジャコウジカ、および朝鮮半島などに生息するシベリアジャコウジカMoschus moschiferus sibiricusの牡(おす)の生殖腺嚢(せんのう)分泌物であり、発情期に入ったジャコウジカが食餌(しょくじ)を求めて夜間行動をしているところを捕獲し、生殖腺嚢を切り取って乾燥したものである。
[佐藤菊正]
香料としてのじゃ香
産地によって南京(ナンキン)じゃ香、トンキンじゃ香、雲南じゃ香、ネパールじゃ香などの区別がある。南京じゃ香は高級品であるが、市場にはほとんど出回らない。トンキンじゃ香、雲南じゃ香は中国南西部、チベットに産し、もっとも有名であり、世界全産出量の70%(200キログラム程度)を占めている。ネパールじゃ香は形も小さく香気も弱い。
ジャコウジカの生殖腺嚢中の分泌物は暗褐色の顆粒(かりゅう)状であり、ときには白色結晶として析出することもある。加温すると軟化し、水には溶ける。じゃ香は、そのまま嗅(か)ぐと不快臭であるが、希釈すると佳香を感じる。大部分は動物性樹脂質や色素であるが、約2%の香気成分を含有する。香気成分の主体はムスコン(muscone)C16H30Oという大環状ケトンで、調合香料として賞用されてきた。ジャコウジカの人工飼育は非常に困難であるといわれていたが、中国では飼育計画を進めている。
[佐藤菊正]
生薬としてのじゃ香
中国医学(漢方)やインド医学で用いられる生薬(しょうやく)。古代中国の『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』では上品(じょうぼん)に収載されている。ネパールやチベットなどに生息するシカ科のジャコウジカの雄の腹部にある麝香腺(せん)からの分泌物を乾燥したもの。中国東北部、シベリア産のシベリアジャコウジカのものも用いられる。古くから興奮、強心、鎮痙(ちんけい)、鎮静薬などとして用いられてきた。
非常な高貴薬で、近年ジャコウジカの保護が国際的に論議され、ワシントン条約などによる取引制限がなされている。丸(がん)剤、散剤、膏(こう)剤として用いられることが多く、日本でも家庭薬製造原料としての需要が多く、六神丸(ろくしんがん)、奇応丸(きおうがん)などに配合される。
[難波恒雄・御影雅幸]